第3話
「あれ、俺、家で寝ていたはずなのに」
武は呆然としていると、武の足もとに野良猫がよってきて、体をすりつけてくる。武は恐る恐る手を伸ばして、猫の体に触れようとするが、猫は武の手を避けて、走り去って行ってしまう。
とにかく家に帰ろうと武は思う。楽しみにしていたアニメが始まってしまう。武はその場から歩き出すが、すぐに小学生くらいの子供に取り囲まれてしまう。
「お兄ちゃん、どうしたの?」
髪の長い愛らしい小学生の少女が、武にきいてくる。
まずい裸足の中学生が公園にいるなんて、怪しい以外に何者でもない。武は心中とても焦る。
「いや、裸足で散歩中」
そんなわけ分からんことを武は言ってしまう。
「変なの!」
「近づかない方がいいぜ」
小学生たちは口ぐちにそういい、武からはなれてボールで遊び始める。武はなんだかいたたまれなくなって、その場のベンチに座る。
これからどうすればいいのか?武は戸惑う。
裸足のままで歩き回ることはできないというか、したくはない。この武が今いる公園は、まったく見たことがない公園だ。武の家からは相当離れているはずだ。どうして裸足でそんなところに来れたのか、武は首を傾げる。
武の元に猫が次々現れて、武の膝の上にのっていったり、ベンチの横で丸くなる。それを見た先ほどの小学生の集団が、歓声をあげて猫の元へ駆け寄ってくる。
勘弁してほしい。
武は自分の膝の上にいる猫をどかそうとするが、猫は武の膝に爪を立てて抵抗してくる。猫の爪が膝に突き刺さって、地味に痛い。
「この猫、お兄ちゃんが好きなの?」
先ほどの小学生の少女が、武にきいてくる。
「さあ?どうだろう?」
どこにでもいる白と黒の毛並のまだ若い猫。武の家は猫を飼えないので、嬉しいが。武は手を伸ばして猫に触れようとした時、声がかかる。
「その猫はあなたが好きなのでしょうね」
いつのまにか武の前にいた、30代から40代くらいの女の人がにっこり笑う。女の人はピンクのエプロンをしていた。主婦か何かなのだろうか?
「何故この公園には、猫がこんなにたくさんいるんですか?」
「野良猫に餌をあげているの」
「餌?」
野良猫に餌ってあげていいものなのか?武は疑問に思う。
「野良猫をこの団地で面倒を見ているの。去勢をがんばってしているから、増える心配なく、安心して外でかえるの」
「へぇー」
「あなた何で裸足なの?事件にまきこまれたとかなの?」
「いえ」
「何か事情があるの?大丈夫?」
親身になって聞いてくれるが、武は正直ほうっておいてほしい。
「ここはどこなんでしょうか?」
「ここは一町だけど」
女の人が言った一町は、武の住んでいるなんと、隣の町だ。武は呆然としてしまう。
「あなたの名前は?私は市子っていうの」
「俺は…….武って言います」
「うちの子の古い靴があるの。あげましょうか?」
親切に市子さんが言ってくれる。頼みの綱だ。
「ありがとうございます」
こうして武は靴を手に入れたのだった。
「本当にありがたい。あの奥さんは、いつも餌をくれる。…….でも家には入れてくれないんだよな」
突然話し出した武の膝の上の猫。
武は衝撃で、呼吸を三秒とめる。
「ね、猫がしゃべった?」
武の方を見た猫は、大きく頷いて見せた。
「ああ、猫は話すんだよ。人間は知らないだけさ」
「へ、へぇー?」
武はまだ自分がまだ夢の中にいるのかと、そう思う。夢遊病がますますひどくなっていく。
「我々は帰る場所はないが、いきつく場所は知っている。それだけは人間が決めたことではない。しばしの暖かな場所をくれた人間には感謝している。君はどこから来たんだ?ここの縄張りでは見ない顔だが」
猫が妙に紳士的に話している。
「隣町だ」
「君が帰れるように願う」
「帰れる?」
帰れる場所?武は首を傾げた。
「君も帰る場所はないのか?」
「分からない」
「帰る場所がないのなら、我々とともにいればいい。しばしの話だが」
「猫、お前の名前は?」
武は猫に名前を聞いてみた。猫は珍しい青い瞳で、武の瞳を覗き込むように見る。そして、猫は首を横に振って口を開く。
「名前など忘れたよ。野良ネコで、十分だ」
「なら、お前のこと藍と呼ぶ。名前がないと困るからな」
武は欠伸をして、猫の下あごを撫でる。猫の藍は、なんだか硬直している。なんだかひどく眠くなって、武は目を閉じる。
「おはよう」
にっこり鴉の顔をした男が、武の隣にいつのまにか座っていた。
「あれ?猫が話したのは??猫がいない」
武の目の前にいた猫が、いない。武の周りにいた猫もどこにもいない。
どういうことなんだ?武は疲れ果てて、ぼうっと、してしまう。とても眠い。
「夢から君は覚めたんだよ。君は自由を手に入れたらしい。その足でどこへ向かうか楽しみだな」
「家に帰りたい」
そう武は家に帰って、アニメをみなければ。
「本当に?」
また鴉の顔の男が皮肉気に、武のことを笑う。
「家」
武が家に帰って、果たして家族は幸せに思ってくれるのだろうか?武がいなくなっても、誰も探してはくれないのではないだろうか?
「よしよし」
鴉顔の男は、武の頭を子供のように撫でる。武は子供ではない。武は子ども扱いする鴉に、頭にくる。
「触んな!!」
頭を撫でる鴉男の手を、武は叩いてやった。
「さて、はたして君の本当の望みに行きつくことはできるのかな?私は君を愛しているので、ぜひとも行き着いてほしいね?」
鴉男の手が、武の両目を覆う。
「ふざけ….んな」
そのまま武はひどい眩暈がする。気が付くと、目の前にいる少年を武は殴っていた。
「武!!」
武の同級生の、妙な名前の鴉屋黒の声が聞こえてくる。
武はいつのまにか中学校の校庭にいて、武の同級生の田中明人を殴っていた。
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