第39話 ヨシュアの秘密
「俺、サゲメンなんだ」
……は?
なんですって?
目をぱちくりした私に、ヨシュアは困ったような顔をして再び口を開いた。
「イマイチわかりにくかったかな……言い直すよ。俺、サゲチンなんだ」
「メン、の方で結構よ!」
思わず私は怒鳴ってから、耳を疑った。
なんですって?
私たちエインズワース家の特徴と似たような言葉が聞こえたのだけれど。
気のせいではないわよね。
「お嬢だけに白状するよ。俺の一族は、お嬢の一族とはまったく逆で、男だけに伝わる能力があるんだ。昔から、鼻につく権力者たちをサゲてきたのは俺の先祖たち。有名どころでは、クレオパトラ、楊貴妃、マリー・アントワネットかな……ほら、よく言うだろ。『歴史の影に間夫あり』って」
そんなの初耳よ!
「ロシアのラスプーチン、ていうのもご先祖らしいし。日本じゃ道鏡、だったっけ。ああ、ドイツのちょび髭の人をサゲたのは、俺の曽祖父ちゃんらしいよ」
なんですって?
私の一族の女がアゲた男をサゲたのが、ヨシュアのご先祖様ですって?
え? えええっ!?
ちょ、ちょっと待って。
い、いいい一体、そのとき、ヨシュアの曽祖父さまはドイツ人相手にどちらの役目を……。
受っ? それとも、攻っ?
「冗談じゃなくて本当なの?」
「俺の母さん見たら、わかるだろ? 俺の親父と関係したせいであんな人生送ってる」
ヨシュアのお母さん。アガニ。
呪われたみたいにいつも上手くいかなくて、幸薄い印象が貼りついていたのは。
そのせいなの?
「俺の父さんはそういう機関に属してて、そういう仕事してたんだけど、逃げてきたんだ。その先で出会った母さんと一緒になった。『自分がいつもそばに居て、君のことを拾い続ける』なんて母さんに言って父さんはプロポーズしたくせに、早死にして約束破りやがった。……最低だろ?」
私は言葉を失った。
ギョヒョンおばさまがヨシュアに近づいてはいけない、って力説してたのはこのせいだったのかしら。
おばさまのカンは、正しかったのね。
ヨシュアの性的コンプレックスって、私は大きさだとてっきり思い込んでいたけど。
もしかしてこのことだったのかしら。
「好きな女の人を不幸にする能力なんだぜ。俺に比べたらどうだよ。お嬢なんて好きな人を幸せにする素晴らしい能力じゃないか。なんで不幸のヒロインぶってるかわかんなくて、腹が立つよ。好きになるのをためらう必要なんか全然ないだろ。相手をアゲるんだから。俺なんか、好きな子に手を出しちゃったら、確実に不幸にさせるんだぜ」
「ヨシュア」
まだ信じられない頭で私はヨシュアの言葉を聞いていた。
なんなのよ。ウソみたいな話。
私たちって、ものすごく似てたのね。
真逆だけど、私たち、同じだったんだわ。
「好きな女の子を幸せにできないんなら、一生独りもんでいいや、と思ってたんだ。好きになることなんて意味がないと思ってた。だけど。今、お嬢の話を聞いて……俺」
ヨシュアが私の目を見つめた。
「お嬢となら大丈夫かもしれないって。すげえ、嬉しい」
え?
「だってもし、お嬢とそういうことになったら、俺はお嬢をサゲるけど、お嬢は俺をアゲてくれるんだろ? ずっとそばにいて、お嬢が俺をアゲつづけて、俺がお嬢を引き上げ続ければいいんだ。そういうことになるだろ?」
私は脳内で整理して。
その言葉の意味に。
ほっぺたが熱くなった。
ええええええ。
も、もしかして、これって。
告白とか通り越して、プロポーズ、ってこと!?
動揺した私にヨシュアはブランコから立ち上がり、興奮したように抱きついた。
私はあまりのことに言葉が出てこない。
ちょ、ちょっと。待って。
ヨシュア、私たち、まだ中学生よ?
それなのに、将来なんて誓い合っちゃっていいの?
ヨシュアの肩に顔をうずめて硬直したまま、私は頭の中でぐるぐる考える。
い、いきなりすぎるわよ。
ほ、本当は。
もっと大人になって、デートとかこなして、ケンカとかして。
その末に夜景の見えるところでプロポーズ、とか想像しちゃってたんだけど。
その相手に関しては、まだ考えてなかったけど。
いえ、でも、ヨシュアならいいかと少しは心の底で思っていたのかもしれないわ……いえ、心の奥で期待してたかも。
「よ、ヨシュア」
「本当に、すげえ嬉しい」
ヨシュアはもう一度言って、私の顔を見下ろすと。
本当に嬉しそうに私をもう一度抱きしめた。
きゅん。
私の胸が鳴る。
信じられない。
ヨシュアの腕の中にいる。
そして、私を抱くヨシュアは、なんて嬉しそうなの。
今まで気が付かなかったわ。
私のこと、そんなに好きでいてくれたの?
私たち、両想いだったのね。
私は感動で嬉しくて、目がうるんだ。
「わ、わたしも……」
あなたが昔から好きよ。
小さな頃から、あなたが好き。
すごく。
すっごく。
大好き。
私が口を開こうとしたとき。
「良かったよ。俺、あきらめてたんだ。一生、未経験で終わるのかな、って」
……え?
耳のそばで吐息とともに吐かれたヨシュアの声に私は言葉をのみこんだ。
「俺、生物相手の絶頂を知らずに死ぬのかな、て思い込んでいたから」
……さいてい。
最低。
サイッテイ。
ぱあんっっっ!!!
手のひらで、私がヨシュアの頬を張り飛ばした音が大きく鳴った。
「お、お嬢……」
頬を押さえたヨシュアがおどろいたような顔で私を見下ろす。
私はおそらく涙でぐちゃぐちゃになってるであろう真っ赤な顔で。
ヨシュアをにらみつけて、思いっきり叫んだ。
「あんたって、最っ低————!!!」
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