第35話 美中年二人

 学校帰り。

 花を持った学ラン姿のヨシュアと共に。

 私は病室の扉をノックする。


「どうぞ」


 中からユミュール先生の返事があった。

 私とヨシュアが横開きの扉を開けて中に入ると、ベッド上で起き上がったパジャマ姿のユミュール先生が微笑んだわ。

 白い部屋にミントグリーンのカーテン。開けられた窓からは爽やかな夕風が吹き込んでいる。


「ああ君たちか」

「……お前か」


 ユミュール先生の傍らには男性が立っていた。

 ミゲロさんだった。ミゲロさんは私の背後のヨシュアに向かって心底嫌そうな顔をしたわ。

 今日はマスカダイン教の礼装ではなく、ピーコックブルーのシャツにクリーム色のパンツの組み合わせ。

 新聞に入っているユニ◯ロの男性モデルのようだわね。やっぱり美形だわ。


「お見舞いに来てくれたんだね、ありがとう」

「お加減はいかがですか。頭の方は」

「経過観察で入院してるだけだからね。もう一度検査して何もなかったら、今週中には教室に復帰出来るよ」


 私が買って来た洋菓子店のプリンを渡すとユミュール先生は嬉しそうな顔をした。


「クラスのみんなからです」

「嬉しいけど太ってしまいそうだな。さっきまで演劇部の代表でオブライエンとチェンチも来ていたんだ。彼女たちからはケーキをもらったところだ」


 先生はヨシュアを見て、目を細めた。


「モリモト。大変だったそうだね。君が無事で何よりだ」

「いえ、それよりも。全く無関係の先生だけが怪我をしてしまって。なんだかすみません」


 ヨシュアの返事にユミュール先生が声を出して笑った。


「先生、俺」


 ヨシュアが一歩前に出て、ためらいつつ言葉を出した。


「僕……先生に謝らなきゃいけないことがあるんです」

「ミゲロにそれも聞いたよ。驚いたね。君は、私が自分の妻を器にしようとしているなんて本気で考えていたそうじゃないか」


 ユミュール先生の苦笑交じりの声にヨシュアは黙り込んだ。


「私はマスカダイン教徒でさえないよ。君と妻と同じ仏教徒だ。……妻の死には以前から覚悟していたし、私としては彼女の死に対して準備はできていたものだと自分では思っていたのだが。君たちから見ると妻の死後、私はそんなにひどい様子に見えたかい? 生徒にそう思わせるほどだったのかな」

「いえ。先生は全然。……僕の思い込みです」


 ヨシュアは俯いてもごもご言った。


「僕は自分の父さんが死んだとき、ぬいぐるみにでも父さんの魂が乗り移ればいいのに、なんて考えたことがありました。そのことを思い出して……すみません。先生は大人だしそんなこと考えるはずないのに。でも、墓場に死体はない、というのが分かって思わず疑ってしまいました」

「ああ、墓は空っぽだよ。中に入ってるのは妻の日用品ぐらいかな。妻は海へ散骨を望んでいてね。海へ私が撒いたんだ。別に話すようなことでもないから、言わなかっただけだけど。それで、勘違いしたのかな」

「……」

「このあいだの読書感想文にスティーヴン・キングのペットセメタリ―を選んで書いてきたのはそういうことかな、モリモト。あれを読ませて、私を改めさせようとしたのかな」


 ユミュール先生の顔は優しく微笑んでいた。

 ヨシュアはユミュール先生から目をそらして小声で答えた。


「……すみません。あれ、実は本を読んでません。映画を観ただけです」

「そう思ったよ。正直によく言ったね」

「テレビでたまたまあの映画を観た時も最初、ホラー映画だと思わずに観たんです。深夜放送だったから、エロい映画かなと思って」


 そこまで正直に言わなくてもいいわよ。


「授業中の君の態度を見ていると、君は私に構ってもらいたいのかな、と思ってたんだけど。そうじゃなかったんだね。君が私を心配して、構ってくれてたんだね。心配かけてすまないね」


 俯いたヨシュアの頬が珍しく赤くなった。

 ほら、先生にはバレバレだったのよ。ファザコンの構ってちゃんが。


「最初に私が言っただろうが! 彼は違うと」


 ミゲロさんが声を荒げた。


「彼とは高校からの付き合いだ。どんな人間か私はわかっている」


 ミゲロさんはそういうと、ベッド上のユミュール先生を見下ろす。


「君を危険な目に合わせて本当にすまなかった、ユミュール」

「いや、私はどうでもいいよ。生徒たちが無事で幸いだ」


 ユミュール先生は明るく笑い返した。


「私の方こそ、すまないね。チェンチといい、モリモトといい。君は二人に振り回されながらも私の生徒を守ろうとしてくれた」


 ユミュール先生はミゲロさんに手を差し出した。

 ミゲロさんはそんなユミュール先生の手を握りしめ、苦しそうな表情をする。


 ああ。


 私はこんな場面だけど、なんだかうっとりしちゃった。

 だって、ユミュール先生もミゲロさんも稀に見る美形なんだもの。

 美中年二人が寄り添ってる図、て良いものね。


 ……あら、あらあら?


 二人を眺めていた私は、妙な気配に気がついた。

 ミゲロさんがユミュール先生を見つめる視線が、あまりにも色っぽくて、切なくて。

 見ているこっちが苦しくなる。


 これは。

 この感じはまるで。


 クラスのラスカル様を見ているかのよう。


 ……え。

 もしかして、まさか。


 私は神の啓示でも受けたかのように心の中にある考えが浮かんだ。

 ギョヒョンおばさまが去る間際にミゲロさんにおっしゃってた「女をまともに愛せないくせに」って……。

 まさか、そういうことなの?

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