第32話 ポリアンナの気持ち

「ポリアンナ様。ユミュール」


 ミゲロさんがかすれた声を出した。


「ユミュール。君がどうしてここに」

「それは私が聞きたい。ミゲロ。何をしているんだい? そんな格好で」


 ユミュール先生は不思議そうに聞いた。


「今日はチェンチとオブライエンと演劇の衣装を仕入れに車で行動していたのだが。チェンチにバイクで走り去ったオブライエンを追いかけてくれと突然言われて、車で追いかけてきたんだ。ええと。マスカダイン教の集会でもあるのかい? 」


 言うなり、ユミュール先生は私とヨシュアに目を移した。


「こら。モリモト。エインズワース。君たちはマスカダイン教徒じゃないだろう。こんなところで何をしている」


 先生らしく口調を硬くして私たちに怒ったわ。


「廃工場に勝手に侵入しては駄目だろう! 古い建物に入ると思わぬ怪我をすることがあるんだぞ!」


 えーと。

 ユミュール先生。

 一人だけ、完璧に浮いてる感、満載よ。

 ポリアンナったら、ユミュール先生に一体、どんな説明をしてここまで連れてきてもらったのかしら。


「……それに。こんな不純な人形がごろごろしている工場に」


 ユミュール先生は更に、足元の人形を見て不愉快そうに眉をひそめた。


「エインズワースをこんなところに連れ込んだのは、君か、モリモト!」

「いや、なんで俺なんですか」

「もっと陽があたるところで、彼女とデートしなさい! 遊園地とか動物園とか。健全に! 中学生らしく!」


 ああ。普段の行いがばっちりこういうところに現れるのね、ヨシュア。


 それにしても、ユミュール先生。

 わかったわ。

 先生は完璧、白なのね。疑ってごめんなさい。


 無実だったユミュール先生は私たちから目を移すと、先生然とした顔から急に人懐っこい笑顔に変えて、ミゲロさんに話しかけたわ。


「久しぶりだね。突然、君に会えて嬉しいよ、ミゲロ。何年振りかな。また、昔みたいに一緒に飲みに行かないか。君が家庭を持ってからどうも気がひけてしまってね。連絡が途絶えてしまった」

「ユミュール」


 気さくに話しかけるユミュール先生にミゲロさんの表情がみるみるうちに緩んで。はりつめていたような雰囲気がたちまち柔らかくなった。

 ああ、お二人は親友同士なのね。


「さあ、チェンチ。オブライエンも見つかったし、戻ろうか。ところであのバイクは君のものなんだろうね、オブライエン? それから、バイクは校則では禁止だったはずだぞ」


 後日、生徒指導室に来なさい、と告げたあと、ユミュール先生はポリアンナの肩に手を置いて促す。

 俯いていたポリアンナはきっぱりと顔を上げ、答えた。


「嫌です」

「何を言ってる、チェンチ」

「嫌よ!」


 ポリアンナはユミュール先生から離れて私たちに叫ぶ。


「私は本道の人間です! 私たちを裏切ったおじいさまに責任を取らせるの! おじいさまの身体をネママイアの器にさせるわ。これからは本道の人間として、おじいさまはマスカダイン教の象徴として生きてもらいます! それがふさわしい責任の取り方よ!」

「何を言ってるのよ!」


 私は叫んだ。


「それが本道の昔からの願いだったのよ。教えを導くのに正しい人物を器にすることが。そうにちがいありません!」


 ポリアンナも叫び返す。


「おじいさまは、正しい人間だもの! 素晴らしい人だもの! 永くみんなに教えを説いてくださるわ!」


 ああ。

 ポリアンナは何を言ってるかわかってない。自分の言葉が矛盾していることも気がついていない。

 この子の気持ちはやっぱりそうだったんだわ。

 この子、ものすごくおじいちゃん子なのよ。

 本当に本当に、おじいちゃんが大好きなのよ。

 だから、器になっても生き続けてほしいのよ。


「ええと、君たちは何を話してるのかな。わかってないのは私だけだろうか。もしかして、即興劇とか、そういうことなのかな?」


 ユミュール先生が当然ながら、ためらいがちに誰にともなく声をかける。

 でも、そんなユミュール先生に答えてあげるような余裕のある人間はそこに居なかった。


「なりません、ポリアンナ様。中世の時代から、人間を器にはせぬとマスカダイン島の民は決めたのです」

「そんなことは決まってない! オルニオ派の扇動のせいよ!」

「おじいさまのイサーク様は人生のほとんどをマスカダイン教の問題にささげてこられたのですよ。そんなイサーク様をこれからもマスカダイン教の犠牲にするおつもりですか」

「違うわ、そんなことない!」


 ミゲロさんの言葉にポリアンナは真っ赤になって首を振る。


「ねえ、チェンチ委員長」


 ヨシュアが口を開いた。


「俺も。小さいころ、俺の父さんが死んだとき。父さんがぬいぐるみにでも入って蘇ってくれないかな、なんてことを考えたりしたよ」


 ヨシュア。

 私は小さいころのヨシュアを思って切なくなった。

 あなた、そんなことを思った時もあったのね。


「でも、それってやっぱり、ズルで駄目だよ。よくないことが絶対起こるよ。ペットセメタリ―って映画、知ってる? あれと同じように。きっと良くないよ」

「ヘンタイの言葉を聞く耳は持たないわ!」


 ポリアンナはぶんぶん、と首を振った。


「ちょっと、ふざけんじゃないわよ、あなた」


 私は一歩前に出てポリアンナに言った。

 私はみんなほど甘くないんだから。


「さっさとその本物の器をこっちに渡しなさいってのよ! バカ女! それだけが頼りなのよ! ヨシュアに『試練』を受けさせるの!」


 ポリアンナが、は、としたように私を見た。


「試……練?」

「そうよ! ヨシュアは今、死霊に憑かれてるの! 試練を受けないと死んじゃうのよ! 知ってるでしょ! 他の神霊には試練を拒否されたけど、あんたが持ってるその神霊だけはヨシュアに試練をさせてくれるかもしれないの! だから、よこしなさいよ!」


 マスカダイン教会の子、ポリアンナは一瞬で状況を理解したみたい。

 次には、私に向かって唇を歪めて笑い返した。


「わかったわ、じゃあ交換条件よ。残りの八体の器を私に渡しなさい。おじいさまを器にした後に、モリモト君に試練を受けさせてあげる」


 ぶちっ。

 私はとうとう切れた。


「ふざけんじゃないわよ、このアマーっ!!」



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