第31話 神霊たち

 

 ギョヒョンおばさまが去った後、私たちが見守る気まずい空気の中で。


「……器はどこかな。とりあえず、死霊を取り払う『試練』を行わなければ」


 意気消沈しながらもミゲロさんは小さくその言葉を告げた。


 そうよ。

 ヨシュアの中の死霊をとっとと取り払わなきゃ。


「ここだよ」


 ヨシュアがジャージのポケットから九つの泥人形を取り出したわ。あなたが持っていたのね。

 そして、それを先程のように机の上に等間隔に並べだした。


 問題の人形は本当に小さかった。この人形の中にまさか神霊が入っているなんてね。

 こんな小さな器に振り回されている私たちが本当に馬鹿らしくなっちゃうわよ。

 迷惑も甚だしいわ。


「おい、死霊憑きのお前には今、神霊様のお声がもしや聞こえているのではないか。日系人」


 ミゲロさんがヨシュアに聞いた。


「試練を受けるときは、神霊様の方から試練を受ける者の前に降り立ってくださると聞いているぞ」


 あら。案外、ぞんざいな口調ね。

 ミゲロさんはヨシュアがあまり好きではないのかしら。まあ、こいつは嫌われるタイプよね。


「うん、実は神霊の声がさっきから聞こえるんだけどさ」


 ヨシュアは九体の人形を並べ終えると、ため息をついた。


「でも。全員、試練をするのは嫌だって言ってるんだけど。どうしよう、ミゲロさん」


 ……は? なんですって?


 私はヨシュアの言った意味が分からなくて、机の上の人形を見た。

 もちろん『声」なんて聞こえないけど。

 ミゲロさんもそれは予想しない答えだったらしく、少し間を置いて返した言葉がそれだった。


「なんだと」

「だから、神霊みんなが俺のこと拒否するんだ……ねえ。こんなことって、過去にもあったの?」


 なんですって?

 神霊が拒否?


 シーン、とあたりが水を打ったかのように静まり返った。


 ……ねえ、こんな展開を誰が予想できたかしら。

 みんながみんな、器さえ戻れば速やかにヨシュアが「試練」を受けられると思っていたわよ。

 だってそうでしょう?


 神霊自身が、ヨシュアを拒否するなんてこと。

 一体誰が予想できたのよ。


「残念ながら、本当であります、ミゲロ殿。神霊様はすべてヨシュア様を拒否されております」


 スーゴちゃんが悲しそうににゃおん、とミゲロさんに伝える。


「それってもしかしてヨシュアが仏教徒だから? そういうことならマスカダイン教に改宗するわよ」

「いえ、そういうことではないのです、ミラルディ様」


 元気なくスーゴちゃんが私に首を振った。


「……お前という人間は人からも神霊様からも。相当に嫌われる人間のようだな」


 ミゲロさんがあきれたようにヨシュアを見る。


「きわめて遺憾ではありますが。このような例は前代未聞の初めてではないかと。文献にも残ってはおりませぬ故」

「……っだんじゃないわよ」


 スーゴちゃんの言葉に。

 私はふるふる、とわきあがるものをこらえきれなかった。


「冗談じゃないわよ!」


 ばん、と私は机を拳でたたいた。机の上の泥人形が衝撃で跳ね返って転がる。


「拒否!? ふざけんなってのよ! 普段は何もしないで何百年も祀ってもらってるくせに、たまの久しぶりくらい、まともに仕事しなさいよ! あんたたち何様?!」


『神霊様』じゃき、ミラルディしゃん。

 アルバトロスがそう突っ込んだけど、私は気にならなかった。


「何が神霊様よ! 死霊を祓うのがあんたたちの役目でしょ! それしか脳がないくせに! だから、あんたたちを祀ってきたのに! それが出来なかったらあんたたちなんていらないわよ! あんたたちしかできない仕事なんだから責任を持ちなさいよ!」


 私は泥人形に叫んでから。

 ヨシュアを見た。


 ヨシュアは。

 あきらめたように小さく肩をすくめて、私に微笑んで見せた。


 嘘。

 いやよ。


 このままじゃ、ヨシュアは弱って死んじゃうの?

 まだ私と同じ年の男の子なのよ。中学生の子供なの。

 顔が良いだけで、成績も性格も悪いし、貧乏で変態だけど。


 ヨシュアは私の大事な男の子なの。

 大好きな幼馴染の男の子なの……!


「試練をさせなかったら、あんたたちを割ってやるわよ!」


 がん、がん、と拳で机をたたき始めた私に、あわててスーゴちゃんやミゲロさんが止めにかかった。


「やめなさい、ミラルディ!」

「ミラルディ様!」


「役立たず! クズ人形! いい気になってんじゃないわよ!」


 ミゲロさんの手を振り払おうとした勢いで。

 投げ飛ばした人形の一体が、床に落ちたわ。

 嫌な微かな音がした。

 床を見ると、ぱっくりと真っ二つにその人形は割れていた。


「神霊様が……!」


 ミゲロさんがあわててしゃがみ込みその欠片を拾う。


「なんてことを……!」


 ふん、あたし、謝んないわよ!

 悪いのは仕事を放棄したそっちよ!

 非難するように私を見てくるミゲロさんに私は腕組みをしてにらみあげる。

 可哀想なほど、真っ青になってうろたえるミゲロさんに。


「大丈夫だよ、ミゲロさん。それ、多分、ニセモノ」


 ヨシュアが声をかけた。


 はあ? なんですって?


「ひとつだけ、声が聞こえなくて、光らない人形があったんだけど。それ。もしかして、ネママイアだからかなあ、と思ってたんだけど。ほら、代替わりだから元気がなくなってるのかな、なんて勝手に思ってたんだ」


 ヨシュアがため息をついた。


「でもそんなことはなかったね。やっぱり、それはニセモノみたいだ。本物のネママイアはここにはないんだ」

「偽……物? だと? じゃあ、本当の器は」

「私がまだ持ってるわ」


 かわいい女の子の声がした。


 その声は学級会でよく聞く、とおりのいい、イイ子ちゃんの声よ。

 聞きなれた声だったけど、でも今の私には嫌な声にしか聞こえなかった。


 声の主は背後にラスカル様とユミュール先生を連れて私たちの目の前に現れたわ。


「ポリアンナ」


 マスカダイン教会総本家、ロウレンティア教会の子。

 教会のナンバー2だった副司教、イサーク・チェンチの孫娘。

 九体の神霊の器を集めた真犯人の女のコ、ポリアンナ・チェンチが立っていた。

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