第29話 女剣士ラスカル様

 ヨシュアが語り出した顛末はこうだった。


 ――お嬢が車に連れ込まれてびっくりしてさ。とりあえず、警察に電話しようとしたら番号が思い出せなくてさ。


 ――……警察は110番よ。


 ――あ、そーか。そうだよ!それで良かったんだ。うん、でも、それが思い出せなくてさ、オブライエンさんの携帯借りて、ミゲロさんの携帯にかけたんだ。


 相変わらず、携帯持ってないから記憶力はいいけど、警察の電話番号を忘れちゃうなんてこいつ、賢いのかバカなのかわかんないわね。


 ――そうしてたらさ……オブライエンさんがたまたま通りかかったバイク乗りさんからバイクを……奪い取ったんだよ。


 ――奪い取ったですって?


 ――うん、乗ってる人を蹴落として奪い取った。大丈夫かな、あの人。そんで、俺に言ったんだ。『後ろに乗れ! モリモト!』って。俺も動転してたからさ、言われるままに乗っちゃって。バイク乗るのなんて初めてだし、もう夢中でオブライエンさんにしがみついたよ、怖かったよ。


 そこでヨシュアは少し俯いて、らしくなく顔を赤らめた。

 似合わないわね。


 ――……ねえお嬢。俺、初めて女の子に抱きついちゃったよ。


 何よ。

 あなた昔、散々私に抱きついてたでしょ。


 ――……オブライエンさんって細いんだけどさ。意外に結構ボインで。


 やめなさいよ、その手つき。

 イヤらしいわね。


 ――それで、ミゲロさんに電話しながらバイクに二人乗りしてお嬢を追っかけたんだ。バイク乗れるってすごいよね、オブライエンさん。ねえ、なんで乗れるわけ。


 知らないわよ。

 ラスカル様だもの。何でも出来るのよ。


 ――途中で、お嬢の乗った車を見失っちゃったんだけどさ。探してたら古い工場に車が置いてあるのを発見して。なんかもう、超ヤバそうじゃないか。お嬢がめちゃめちゃイヤらしい目に遭いそうな気がするだろ? 禁じられた遊びがBGMで流れる場面みたいな。


 あなたどんな映画観てんのよ。


 ――俺としては、大人がくるのを待ってた方が良いと思ったんだけどさ。オブライエンさんが俺を置いて、どんどん工場の中に入っていっちゃったからさ。しょうがないから俺もついて入ったら、何人かの怖そうなおっちゃんたちが出てきて。俺たちを取り囲んだんだよ。もう、超怖いじゃん。俺がびびって固まっていたら、オブライエンさんが俺の前に立ちはだかってくれてさ。

『落ち着け、モリモト。大丈夫だ。私がついている』て言ってくれてさ。……


 きゅん、てきたよ、とぼそりとつぶやくヨシュア。


 ――そして落ちてた鉄パイプをオブライエンさんが拾って。おっちゃんたちに言ったんだよ。

『我が一族は先祖代々近衛兵であるオブライエン家。一族で生まれた者は女子であろうと幼き頃から剣を嗜むのが定め。おぬしら、オブライエン家の人間を相手にするならば命を賭ける覚悟があるのだろうな!』


 オオタチマワリ、っていうのかな。すげえかっこよかったよ。


『腕に自信の無き者は去るが良い。追わぬ。さもなければ……斬る』


 ……ねえ、俺もあんな台詞言ってみたいよ。お嬢。オブライエンさんに剣道習おうかな。


 ほう、とヨシュアは場面を思い出してるのか、うっとりとため息をついた。

 違うわよ、ケンドーじゃなくて騎士道よ。ラスカル様はサムライじゃなくてナイトなの。


 ――そんでバッタバッタ、みるみるうちにおっちゃんたちをなぎ倒してさ。あっという間だよ。すごかったよ。圧巻だよ。ミトコーモンの気持ちが俺、何だか分かった気がしたよ。


 なによ、ミトコーモンて。

 それより流石よね、ラスカル様。勇姿が眼に浮かぶようだわ。私も見たかったわよ。


 ――それであなたはなにしてたのよ。


 ――だから、俺はコーモン様だって。スケさんとカクさんを応援するポジション。


 要するにただ後ろで立って見てただけってことね。


 ――あれよあれよと言ってる間に全員、やっつけてさ。みんな、逃げてった。

 お嬢が捕まってる部屋の前まで来たらオブライエンさんが突然立ち止まって俺に言ったんだ。


『ここから先はお前に譲る。行け、モリモト』


 ふっ、て笑ってさ。


『女子というものは好きな男に助けに来てもらいたいものなのだ』


 ……正直自信ないし、オブライエンさんに全てやってほしかったけど、そこまで言われたら俺も男だし断れないだろ?

 すげえ怖かったけど、スーゴたちも到着したしさ、手伝ってくれるっていうから、だから勇気出して作戦立てて俺、頑張ったん……。





「……なにやってんのよ」


 私は低い震え声を出した。


 信じられない。

 なにやらかしてくれてんのよ、この男。


「え?」

「どうして辞退しないのよ! バカじゃないの!」

「え?」


 じゃあなによ。

 もしかしたら、ヨシュアのふざけた登場じゃなくてラスカル様が華麗に素敵に私を救い出しに来てくれたかもしれなかったの?


『ミラルディ!』

『嗚呼、ラスカル様!』


 こういう感じでラスカル様のかいなに抱かれる、め、め、めくるめくような展開が待っていたかもしれなかったってわけ?


 それなのに。

 それなのに。


 何故あなたが来たのよ!


「戻ってもう一度やり直しなさいよ! 馬鹿男! 交代してラスカル様にお譲りしなさいよ!」

「ええー、お嬢、なにそれ。救った俺にその言い草……」

「どうしてラスカル様じゃなくてあなたが来るのよ! 私はラスカル様に来て欲しかったわよ! 」


 私は悔しさのあまり真っ赤になって地団駄を踏んだ。

 来たのがラスカル様なら、私は自分からあのお胸に飛び込んだわよ!


「バカ、ばかばかばかばかー!」


 叫んだあと、部屋の隅からシクシクと泣く声が聞こえて私はハッとした。


「そうだわ、ナギニーユ! 何処かに転がってるの。お腹がすいて弱ってるのよ。早く何か食べさせてあげて」

「わかりました」


 にゃーご、とスーゴちゃんが鳴いて床を探り出す。

 ナギニーユは倒れた椅子の脚もとに転がっていたみたい。

 すぐにナギニーユを手で掻き出して、口にくわえるとスーゴちゃんは私たちのところに戻ってきた。


「ナギニーユ。無事でよかったじゃあ」

「心配かけて、ごめんなさい。みんな。そして、私、みんなに黙っていたことがあるの」


 私の手のひらの上でナギニーユは殻の中から出ずに泣き声で告白した。


「私、神霊さまの器の正体を、小さな泥人形だって以前から知ってたのよ。そして、イサーク様の正体も。私、イサーク様と約束してあなたたちには黙っていたの。ごめんなさい」


 かわいそうなほど弱々しい声でナギニーユは謝ったわ。


「そんなの今更いいじゃあ。器が戻ってきたがじゃあ」

「本当にごめんなさい。許してちょうだい」


 めそめそ、とナギニーユは殻に閉じこもったまま、更に泣き出す。うーん、泣き虫さんなのね、ナギニーユは。


 それを見て、スーゴちゃんがため息をつき「ああ、ナギニーユは今日は女のコの日でありますな」と言った。


  ん? 女のコの日? どういうことかしら?


 私と同じ疑問を感じたのか、ヨシュアが聞いた。


「カタツムリにも生理があんの? スーゴ」


 相変わらず身もふたもないわね、あなた。


「いえ、そういう意味とは違います。カタツムリとは雌雄同体の生物でありましてな。ナギニーユは度々性別が入れ替わるのですよ。恋をしている間だけは、性別が安定するのですが。最近はどうも恋とは無縁のようで。不安定にユラユラしておりますな」

「明日になったら、男のコになっているとか、そういうこと」

「そうです」

「だから、女のコの日、なのね」


 紛らわしいわよ、その言い方。


「男のコや女のコの日、だけでなく両方の日や、どちらでもない日、なんてのもありましてな。結構、ややこしいですぞ」


 なにそれ。面倒くさそうね。


「……イサーク様の孫娘が器を集めたのよ。イサーク様が実はオルニオ派だってことを知ってショックを受けてたみたいだけど、彼女が本当は何を考えてるかわからなかった。放っておいたら危険よ。あの子、何するかわからない」


 ナギニーユがさめざめとした声で語り終えた後。


「わかりました。ポリアンナ様にはこの私から話します」


 硬質で知的な男性の声が私たちの背後からした。







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