第21話 ポリアンナ
ロウレンティア神殿資料博物館の帰り。
ギョヒョンおばさまにヨシュアの家の前まで送ってもらった私は、車を飛び降りた。
はやく、ミミズ腫れ専用クリームをヨシュアに渡してあげたくてたまらなかったの。
後部座席のドアを開けるとスーゴちゃんとアルバトロスが飛び出す。
「ありがとう、おばさま!」
「こっちも楽しかったよ。日曜日、車の毛の掃除しに来てね。あの男の子、大事にね」
あはは、とおばさまが手を振るのに返すのもそこそこに私はヨシュアの家、お好み焼き屋さんのドアをいきおいよく開けた。
「こんにちは! おば……」
私は一瞬、声を失った。
カウンターを挟んで座っている私のパパとヨシュアのお母さんがあわてて離れて、こっちを見たわ。
「お帰り、ミラルディ」
「お帰りなさい、ミラルディちゃん」
何事もなかったように笑顔で私を見る二人だけど。
「ただいま、パパ……」
えーと。今。
間違いなく二人は手を握り合って見つめ合ってたわよね?……
「おばさま、ヨシュアは二階にいるの?」
私は気づかなかったふりをして、ヨシュアのお母さんアガニに聞いた。ロウレンティア資料博物館で昔の記憶を思い出した私はたいしたショックもなく、二人を受け入れたの。
「いえ、外に出てったのよ。心配かけてごめんなさいね、ミラルディちゃん。昼頃、あの子すごくスッキリした顔で階段を下りてきたのよ。もう大丈夫みたいよ。公園で今日、フリーマーケットがあるから見に行くって言って、さっき出たとこよ」
「そうなの。じゃあ、公園にいるのね。ありがとう」
私は再び外に出て、スーゴちゃんとアルバトロスとともに公園へ走った。
月イチで近くの公園ではフリーマーケットが開かれるんだけど。
ヨシュアは必要なものはそこでよく手に入れるのよ。
二分ほど走って公園に着いたら、もう店の閉めどきなのか、人は疎らだった。そんなに広くない公園だもの、すぐに緑に白線ジャージ姿のヨシュアが目についたわ。
デカいし、髪が真っ黒だからすぐにわかるのよね。
「ヨシュ……」
声をかけようとして、私はやめた。
ヨシュアの前に一人の女のコが居たの。
あら、ポリアンナじゃない。
白い生地に刺繡を施した可愛いボヘミアンワンピースにジャケットを羽織っている愛らしい彼女は、今日は長い髪をふわふわとおろしていた。胸にはしっかりとバッグを抱いてヨシュアを見上げている。
ヨシュアはポリアンナに何か話しかけていた……かと思ったら。
次の瞬間にはポリアンナにビンタされてた。
ポリアンナは後も見ずに走り去る。
「……あなた、なにやってんの」
打たれたほっぺを片手で押さえて立ち尽くすヨシュアのもとに、私とスーゴちゃんとアルバトロスはあきれて近づいた。
「おかえり、お嬢。ねえ、見てた? 今の。ひどくねえ?」
ヨシュアは小脇に大きな袋を抱えて、憮然とした表情で私を見下ろす。
「一体、彼女に何したのよ」
「何もしてないよ。着てる服がすげえ可愛いからさ。それ、フリマ価格で売るか交換してくれないかって聞いたんだ」
どこの店で買ったのか、って聞かないのが泣かせるわね。
そしてヘンタイぽいわね。
一体、女物の服なんかどうするのよ。お母さんにでもあげるの?
「まあそれは断られたんだけど。あとはめちゃくちゃかばんがキラキラ光ってるからさ。中に何が入ってるのか気になって。何それ、見せて、って言っただけ。それだけなのに」
ヨシュアはほっぺたから手を離した。見事にポリアンナの手の跡がついてたわ。
「女の子のポーチの中身見たいなんて変態! て言われちゃってさ。ポーチなんて俺、一言も言ってないのに。変態って。ひどくねえ?」
しょげたようにため息をついたヨシュアに、私は言ってあげた。
「気にしなくてもいいわよ。あなた、前からとっくにポリアンナには変態認定されてたもの」
「ええ? いつ?」
「去年の夏。プールで」
水泳の授業の時に、こいつ女子の胸ガン見して先生に注意されたのよね。
『モリモト! どこ見てんだ! お前は!」
そうしたらこいつは
『女子が輝いてます』
て、普通に答えて。
それから女子全員にエロ認定、一部の潔癖女子からは変態認定されたのよ。
「いや、でもアレは男としてやっぱり見ちゃうでしょ。あの日、寒かったから女の子みんな乳首立ってたからさ。俺みたいに堂々と眺める男と他の奴みたいに横目でチラ見する男とどちらがよりエロいかという判断は、その女子のとらえ方によって変わってくるよね。そう思わない? お嬢はどっち?」
なに真面目に語ってんのよ。そんなことどうでもいいわよ。あなたがエロ助なのは事実確定でしょ。
『下ネタを堂々とふる男は性的コンプレックスの裏返し』ってギョヒョンおばさまがさっき車の中で言ってたわよ。
……やだ、こいつ、もしかして本当にそうなのかしら。
私は視線を落とした。
考えたら、こいつ、いつもそうよね。そういうことなのかしら。
図体はデカいけどやっぱり東洋人だから……てことかしら。
だとしたら。
ちょっと可哀想。
「ちょっとお嬢、俺のどこ見てんの」
「み、見てないわよ!」
私はあわてて視線をあげてヨシュアの顔に戻した。
「み、みみず腫れに効きそうな塗り薬を買ってきてあげたの! さっさと塗りなさいよ!」
肩に下げたバッグから私はクリームの箱を取り出すと、ヨシュアに押し付けた。
「ありがとう」
にっこりと受け取って答えたヨシュアに赤くなりつつ、私はもう一度うつむいて『ごめんなさい』と小さく謝った。
「もうおさまったから気にしないでいいよ。一時、大変だったけど、やっぱり元気は出たよ。今日は全然眠くなかった。ありがとう、お嬢」
「そ……それなら良かったわよ」
微笑んで言うヨシュアに私は内心、安堵してちょっぴり泣きたいような気持になった。
「なあ、それにしてもあれ、なんだったのかな。すげえ、光ってただろ」
「何がよ」
「ポリアンナ嬢のかばんだよ。かばんから光が漏れて目が痛いほどまぶしかったじゃないか。虹みたいにいろんな色でさあ」
はあ?
私はスーゴちゃんとアルバトロスと顔を合わせた。
「あのバッグ、光ってなんかいなかったわよね?」
「普通のかばんだったじゃあ」
「もしや、この世のモノではない何かを見たのではないですか、ヨシュア様。死霊に憑かれたものは、ワノトギと同じように常人には見えないものが見えたりすると聞いておりますぞ」
「ええ? じゃあ何。あのかばんの中には
スーゴちゃんの言葉に答えるヨシュアを切なくながめながら、私はなんだか引っかかった。
実はロウレンティア神殿資料館に行った後からずっとモヤモヤしていたんだけどね。
小さい。
小さい……。
あ。
ああっ!
「わかったわ! スーゴちゃん、アルバトロス!」
私は雷に打たれたようにそのことに気が付いて。
思わず大きい声をあげちゃった。
「器よ! あれが本当の器なのよ!」
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