第22話 器の大きさ

「ほら、資料博物館で中世の器の人形を見たでしょう? あれが本来の器の大きさなんじゃない? 今の神霊の器人形は影武者みたいなものなんじゃないかしら。今でも本当の器は小さい指人形みたいなものなのよ、きっと」


 私は興奮して話し続けた。

 そうよ。

 九つの人形はそれぞれ全部が結構な大きさだもの。

 そんなものがあっさりと神殿から盗み出せるわけないし、それに誰も気が付かないなんておかしいわよ。


「今神殿に置いてある人形は以前と同じ人形で入れ替わったわけじゃないのよ。きっと、その人形の一部分に本当の人形が隠してあったのよ。それを誰かが盗ったのよ」

「なるほどねえ。オイラもおかしいと思ったんじゃあ。入れ替わった器も前の器とまるっきりおんなじ匂いだったけえ、こりゃあすごいニセモノの器をつくったもんじゃねえ、と感心しとったんじゃけえ。匂いまでまるっきり似せるなんてえ、すげえじゃねえ、と」

「そういうことはもっと早くいわんか! アルバトロス!」


 スーゴちゃんが怒る。

 まったくよ。


「ミラルディ様のいうとおりでありましょう。だから、突然、神霊様の御声だけが聞こえなくなった。そういうことですな。眷属である我々も気がつかぬわけです」

「じゃあ、お嬢。誰がその本当の人形を持ってるわけ」

「それはもちろんマスカダイン教に詳しい人物よ。眷属のスーゴちゃんでさえ知らなかった重大なことを知っていそうな人よ」


 教会の関係者とか。

 あ。


「まさかポリアンナ……?」


 私はヨシュアと顔を合わせた。

 ポリアンナはロウレンティア教会の家の子よ。

 もしかして、さっきの。


「ねえ、スーゴちゃん。神霊の器は光ったりするのかしら」

「可能性はありますな。例えば、ワノトギが神霊様からいただくお力の欠片などはワノトギや霊力の高い者には光って見えるそうです。見える者が見れば、器は光っているのかもしれません」

「ポリアンナは自分からポーチ、って言ったのよね、ヨシュア。その様子だとポーチに入るほどの大きさの何かやましいもの・・・・・・をポリアンナは持っているのよ。それが神霊の器だとは言い切れないけど。疑ってもいいんじゃないかしら」

「最近、ポリアンナ嬢おかしいしね。いつも情緒不安定っていうか」


 あら。

 ヨシュアの言葉に私は意外に思った。

 興味なさそうで実はクラスのみんなのこと、あなたよく見てるのね。


「もしポリアンナ嬢が犯人なら動機は死にそうなおじいちゃんを器にしようとしている、てところかな」


 それによく知ってるじゃない。


「んん? どういうことじゃき。ユミュール先生という人が犯人じゃなかったんじゃが?」


 話についていけないアルバトロスが混乱したように頭と耳を振った。


「断定じゃないわよ。疑わしい人が増えただけ。ユミュール先生も犯人の可能性があるわよね。ミゲロさんに言ったらどうだったの?」

「それが、めちゃくちゃ怒られてさ。ユミュール先生が犯人のはずはない、って一点張りだったんだって」

「怪しいくらいに、全否定されましたな。もしや、ミゲロ殿もユミュールという教師と噛んでいるのではないかと少し疑ったほどです」


スーゴちゃんがにゃあ、と鳴く。


「ミゲロ様は異例の速さであの地位にまで出世を果たしましたからな。私としましては実は何かウラがあるのではないかと以前から疑っておるのです。優れた人格者の印象がありますが、怪しいと言えば怪しいですな」


うーん、ミゲロおじ様が出世したのはギョヒョンおばさまと結婚したせいだと思うけど。

ミゲロおじ様が噛んでいるかもしれない、っていう線も否定できないわね。だって、器に一番近づけるのはおじ様だもの。


「うーん。でも。とりあえず今確かめるべきはあのポリアンナよね」


 私はポリアンナが去った方向を見た。


「彼女を追いかけましょう。思い立ったが吉日、よ」



 * * *



 ポリアンナが去った道をみんなで小走りで駆けたわ。道は大通りから外れて住宅街の中の細い道に入った。

 隣のヨシュアが私に


「お嬢。なんとかしてポーチをポリアンナ嬢のかばんから引っ張り出してよ。もう一度俺、確認するからさ」


 と話しかけてきた。


「『ねえ、あたし突然始まっちゃったみたい。アレもってない? ポリアンナ』とか言ってさあ」


 ……今、ドン引きしたわよ。


 私は平然としているヨシュアを見上げた。


 リアルでこいつ、キモいんだけど。

 やっぱりあんたヘンタイだわ。


「わかったわよ。それよりあなた、何を買ったのよ。その大きな荷物」


 私は走りにくそうに抱えているヨシュアの大きな袋を見た。

 中身の巨大な緑色のものが袋の口から少し覗いている。


「ええと、これは……」


 迷ったようにヨシュアは口ごもった。


「ひみつ」


 あっそう。

 別にいいわよ。


「ポリアンナだわ」


 前方に白いボヘミアンワンピースにカーキ色の丈の短いジャケット姿の女の子を私たちは発見した。


「ほら、ここからでもすげえかばんが光って見える」


 ヨシュアが言ったけど、もちろん私たちにはそんな光なんて見えない。


「何色なの」

「赤に、白に、青に、黄色に、緑に、ピンクに、ええと、オレンジ、紫、黒」

「黒?」

「うん、黒」


 黒の光ってどういうことよ。目には見えないはずよ。

 そんなことが可能なの。


「九色でありますな」


 スーゴちゃんの言葉に私はますますポリアンナを怪しいと思ったわ。


 でもね、ぶっちゃけ九つの神霊がどうなろうとも私、別に構わないのよ。

 そのうちの一つでも、返ってくればヨシュアはそれで試練を受けられるんだもの。

 ポリアンナが本当に九つの神霊の器を持っていて何を企んでいたって、とりあえずそのうちの一つを貸してくれればいいのよ。試練が終われば返してあげるわよ。

 スーゴちゃんたちには悪いけど私はそんな程度だった。

 だってこれはマスカダイン教の問題なんだもの。マスカダイン教徒が解決すべきなのよ。

 私の家は無宗教だし、ヨシュアのお家は仏教で無関係なんだからね。本当に迷惑な話だわよ。


「ポリアンナにどう思われようと関係ないわ。任せて。ポーチ出すなり、奪い取って逃げてやるわよ」


 私はカッカして、自分を奮い立たせた。

 ヨシュアとスーゴちゃんとアルバトロスが見守る前で私はひとり、曲がり角を曲がろうとしたポリアンナに声をかけた。


「ねえポリアンナ! 助けて。私、急に始まっちゃったみたい。アレ持ってないかしら?」


 ヨシュアの言ったとおりのセリフを言った自分がなんだか我ながら間抜けに思えて嫌だったわ。


 私の声にポリアンナが振り返ったと思ったら。

 同時に、曲がり角から私と向かい合って意外な人物が現れた。


「それは大変だな。私も今、アレだ。良かったら私のを貸そうか、ミラルディ」


 それは、麗しのラスカル様だった。












  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る