第20話 フラッシュバック
それからも山道を私たちは歩き続けた。
途中、アスレチック広場もあって、私は小さな子供たちと一緒に、揺れる橋を渡って楽しんじゃった。
いいわよね、私、まだ中学生だもの。
山道が途切れたら、舗装された遊歩道に出たわ。ぐるっと山の中を私たち、回ってきたみたいね。
どうやら資料館の裏口にたどり着いちゃったみたい。
私は資料館に入ろうとして。
裏口に展示されているものに目をやって、少し笑っちゃった。
そこだけはね、見本として本当に五千年前の神殿を模した煉瓦造りの部分が展示されているのだけれど。
裏口の右の部分は、ものすごく精巧に古ぼけた感じに作ってあるの。ちょっと欠けたり、削ったりしてね。五千年前の風格を出すために。
でもね、左の部分は新品同様。まるでつい最近作ったよう。
そのちぐはぐぶりがおかしくて。
「あはは。職人さんによって違うのね」
私は展示品の説明パネルを読んでみた。
世界文化遺産の修復チームとして、各国の職人さんが手伝ってくれたみたいなんだけど。
右の方は日本の職人さんみたいね。
そのとき。
『見なさい、ミラルディ。全然、違うだろう。ミラルディはどっちがいいと思う?』
突然、記憶の底から蘇った声に私は目を見開いた。
『なあ、むらさきいろは、よっきゅうふまんのいろなんだぜ』
次には小さい男の子の声。
「……ねえ、スーゴちゃん、アルバトロス。私、ここ初めてじゃないわ。昔、来たことがある」
私の声に、足元にいたスーゴちゃんがうにゃう、と鳴いて首を振った。
「いやはや勘違いをさせてしまったのなら申し訳ありませぬ、ミラルディ様。先ほどのは私の冗談でありまして、アルバトロスに女性の口説き文句の一つの例としてかのような言葉をあなた……」
「違うわよ! 本当に小さい頃、私はここに来たの!」
そうよ、私、ここに来た。
パパと。
ヨシュアと。
ヨシュアのお母さんの四人で。
レンタカーを借りて、さっきのアスレチックで遊んで、資料館の外の広場でヨシュアのお母さんの作ったお弁当を食べたわ。
まるで家族のように。
さっきのパパの問いに。
私とヨシュアは、左の煉瓦の方がいいって答えた。
新品でキレイな方がいいもの、て。
パパは、右のほうがいい、て言った。
パパは職人だから、右の煉瓦の方をじっくり見て感心してたわね。
仕事が細かいね、て。
ヨシュアのお母さんはそれを見て楽しそうにしてたわ。
『なあ、むらさきいろはよっきゅうふまんのいろなんだぜ』
そのときにそれを言ったのはヨシュアよ。
あいつ、あの頃からエロかったのね。
あら。
あらあらあら?
私って実は思い違いをしていたのではないかしら。
私のパパと、ヨシュアのお母さんのアガニはあの頃で、もうそういう関係だったのよ。
とっくにそこまで仲が良かったのよ。
なら、どうして今でもああなの?
『わたし、ヨシュアとけっこんする!』
『おれ、ミラルディとけっこんする!』
……ああ。どうしよう。
やだ、黒歴史、てやつね。
次々に思い出してきちゃったじゃない。
さっきのアスレチックのゆれる橋の上で。
私とヨシュアは見上げるパパとママを見下ろして、はしゃいでそう宣言しちゃったことを。
子供のくせに盛り上がって、抱き合ってチュウまでしちゃったのよ。
ヨシュア、あのことを忘れてるわよね、もちろん。子供の頃のことだもの。
あんなのファーストキスのうちに入らないわよね。
もしかして、このせいだったりするのかしら。
パパとヨシュアのお母さんが、今でもああなのは私たちのせい……?
もしかして。
パパとヨシュアのお母さんは。
待っているの?
二人のことをじれったいと思っていたのは、私とヨシュアだけで。
本当は。
あの二人は。
とっくに。
私たちが大人になるのを待っているだけなの……?
とりあえず、私は。
やっぱりヨシュアが来なくて良かったわ、と胸をなでおろした。
資料館の中のカフェに、ギョヒョンおばさまを迎えに行くと。
遅いわよう、待ちくたびれちゃった、もう食べたわよ、とぷんぷん怒るおばさまに私は謝って。
カフェで昼食を取ったあと、みんなと一緒におばさまの車に乗り込んだ。
ロウレンティア山の絶景スポット、展望台をそれから巡ったのち。
帰りの高速道路を走る車の中で。
資料館に来たことは、みみず腫れのクリーム以外にも大きな収穫があったことを私は感じていた。
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