第19話 前世の恋人たち
「お墓?」
私たちはその敷地に入り、見学した。
薔薇が沢山植わっていて、ちょうど色とりどりの花が咲き乱れていたわ。
「綺麗ね」
思わず花に顔を近づけてはしゃいだ声をあげたら。
「おお、薔薇の妖精かと思いましたぞ、ミラルディ様」
と、スーゴちゃん。
うーん、こういうことをさらりと言えるから、スーゴちゃんはモテるのかもしれないわね。
並んだ石群の中で大きくて平らな石が三つ並んだところがあったわ。
ストーンヘンジみたい。
明らかに目立ってるわよね。
にゃあ、とスーゴちゃんがその石群に近づいた。
「文字が刻まれとりますぞ。昔の神聖文字です。ええと、ぼやけておりますが……左から大神官ザフティゴ、眷属ミラルディ、大神官スゥゴ」
「さすがスーゴ大先生、そんな字も読めるんじゃねえ」
「ミラルディ? スーゴ?」
私は驚いて聞き返した。私とスーゴちゃんと同じ名前じゃない。
「昔のロウレンティア神殿に居た者たちの墓ですな。ザフティゴは八十歳、ミラルディは九十一歳、スゥゴは七十二歳、で没したそうです」
「昔にしたら、みんな随分、長生きね」
「ミラルディは眷属ですから、早死にですぞ。普通、眷属は二百才は生きるもの。事故やら病気でもしたのでしょう」
スーゴちゃんは真ん中の石を舐めるように見た。
「この墓石にだけは他にも言葉が書かれておりますな……『多くの男たちがその姿の貴女を愛した。私もその一人である。 スゥゴ 』隣の神官の言葉でしょうか。『私の大好きな厳しくも温かな恩師、ミラルディしぇんしぇい アルバトロス』 ああ、これは、あのワノトギの聖人アルバトロスですな。彼は初期の作品ではこのように、いつも綴りを間違えております。彼でしょう」
「へえ。アルバトロスの刻んだ石碑がこんなところにもあるのね」
マスカダイン島の各地には、アルバトロスが自らの詩を刻んだ石碑があるの。絶景のところが多いから、それぞれ島の観光スポットになってたりするわ。
「このころの眷属といえば人間でありました。話では、眷属だった人間とは三大欲求のない、去勢した猫のような者たちであったと聞いておりましたのですが。この彼女のように性的魅力のあふれた眷属もおったようですな」
「ふうん」
眷属のくせにお色気のあったミラルディって人、アルバトロスの教師をしていた、ってことかしら。早死にしたって言っても、九十一才だもの、じゅうぶんババアよね。
私は興味深く、墓石を見つめた。
「私とスーゴちゃんと同じ名前なんて、なんだか面白いわね」
「……まだ、思い出されませぬか。ミラルディ殿」
へ?
私は足元にかしこまって座るスーゴちゃんを見下ろした。
「私は昨日のことのように覚えております。貴女様とロウレンティア神殿で愛し合った日々を」
ど、どうしちゃったの、スーゴちゃん。
見上げる真剣な豚鼻のスーゴちゃんの顔に、どきん、と私は不本意にも胸が鳴った。
「ようやく、貴女様とこの時代にて巡りあいましたな。ずっとお待ち申し上げておりました」
えええ。
ちょ、ちょっとまって。
「ミラルディ殿。私と貴女様は前世からの縁であるのです……五千年前から再び貴女様とお会い出来る日を心待ちに……愛しております、我が姫君」
これって。
そんな。
私たち、まさか生まれ変わりなの?
私とスーゴちゃんは、前世からの運命の恋人同士だったの――?
「……とまあ、このように言うのが上級編『貴女とは前世からの恋人同士』だ。わかったか、アルバトロス」
「すごいじゃあ、さすがじゃあ、スーゴ大先生」
へ?
頭が真っ白になっていた私は。
真顔で隣のアルバトロスに話しかけたスーゴちゃんに我にかえった。
「かなりのシチュエーションが必要だが、これは使えそうなネタだと思ったら、即座に乗っかれ。コツは恥をかなぐり捨てて、思い切って五千年前の金髪イケメン騎士になりきることだ」
「わかったじゃあ。オイラに、出来るかねえ」
……な、なによ。
なんなのよ!
話す二匹を見てやっと理解した私はかああ、と頰が熱くなった。
もう、やめてよね!
猫相手にちょっとときめいちゃったじゃない!
恥ずかしさを隠すために、私は一生懸命、暮石を観察するフリをした。
あら。
私は真ん中のミラルディの墓石の周りにいっぱい小さな石が落ちているのを見つけた。
変わったかたち。
拾い上げて見てみると、それは薔薇の形をした小石だったわ。
これ、見たことあるわ。お土産にもらったことがあった。
砂漠のあるダフォディルの特産品よ。
こんなところで珍しいわね。
意図的よね。たぶん。
いつ、誰が置いたのか。
そんなのはわからないけど。
枯れちゃうお花の代わりに、これを置いたのかしら。
だとしたらちょっとロマンチックよね。可愛いし。
私は微笑んで、その小石を元の場所にそっと置いて戻した。
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