第18話 ロウレンティア神殿資料博物館
「中学生の男の子に食べさせちゃダメだよ!」
車の中で。
真相を明かした私に、ギョヒョンおばさまの笑い声がしばらく続いたわ。
「……そこに今、怪我をしてるのよ」
私がポツリと呟くと。
おばさまも笑うのをすぐにやめた。
「それはかわいそうなことをしたね。お土産でも買ってかえりな」
「ええ」
車は高速道路を走って一時間、インターを下りて、山道に入っていったわ。
目的の資料博物館は、ロウレンティアという山の中にあるの。
ロウレンティア山は私たちが住むロウレンティア、西部のダフォディル、南部のアマランス、サンセベリア、の境にある山よ。
昔は登山するのに一苦労したみたいだけど。
今じゃいい道が出来て、山の中腹まで車で行けるようになってるの。
ハイキングコースもいくつかあるわ。春や秋の行楽シーズンは賑わうみたい。
ロウレンティア神殿資料博物館は、山の中腹にあった。
おばさまの運転が割と乱暴だから、カーブの多い道でちょっと気持ち悪くなったときに、窓から珍しい紫の煉瓦の建物が見えたわ。
あれが資料博物館ね。
なんだかエジプトのピラミッドみたいな形ね。下から頂上までの長い長い階段が建物の中央にひとつ見える。
修復を繰り返して、昔よりも随分形が変わった、ってホームページに書いてあったわ。
駐車場に車を置いて、チケット売り場で入場券を購入する。
売り場の人は、アルバトロスとスーゴちゃんを見て、渋い顔をしたけど、何も言わずに入れてくれた。
私は音声ガイドも頼んで、イヤホンを耳につけた。
勉強する気満々だね、とギョヒョンおばさまが目を丸くする。
それから、順路に沿って館内を巡ったわ。
ギョヒョンおばさまに話しているつもりで、実際はアルバトロスとスーゴちゃんに向けて、私はガイドを要約して伝えた。
スーゴちゃんとアルバトロスは、ここに来たことがなかったみたい。珍しそうに展示品を見ている。
最初は神話を描いた絵を展示した古代の部屋から始まり。
次にはマスカダイン島の各地の神殿の絵、現在の写真が展示され始めた。
中世の展示室では、神霊の器として作られた人形のレプリカが展示されていたわ。
「これ?」
私はそのあまりの小ささに声をあげちゃった。
「最初は随分小さいのね」
指人形みたいなサイズの泥人形。
ほぼ円筒形。手足も無い。顔の部分ものっぺりとしたところに目と口に三ヶ所、穴が開いているだけよ。
スーゴちゃんとアルバトロスも驚いたみたい。
それから、時が経つにつれ、人形はだんだん大きくなって。
目に石をはめ込んだり、服を着せたり。
今のように、神霊のイメージにちなんだ様相になっていったわ。
そして、最後にはマスカダイン教の火刑の歴史蝋人形展示室が現れた。
ひー。
立てた丸太に縛りつけられた人に、巫女姿の女性と一人の男性が手をかざしている。
女性の方は『神官』、男性の方は『火の神霊イオヴェズのワノトギ』と書かれている。
「ワノトギは罪を犯すとトギ堕ちという恐ろしい事態を引き起こすが、異端者、同性愛者を処刑するのは罪ではないとされた。聖なる処刑人として多くのワノトギが火刑に加担した」ですって。
……ワケわかんないわね。
女性神官の蝋人形がポリアンナに似てて、なんだか笑っちゃった。
出口を出たところのショップには、当然だけど、神霊の器を模した大小の人形がいっぱい売られていた。残念だけど、九体とも全然可愛くもないのよね。うーん、私は欲しいと思えないわ。
「ねえねえ、ミラルディ。塗り薬だって。万能薬」
陳列されているグッズを見ていたギョヒョンおばさまが笑い声を出した。
「ミミズ腫れ、擦り傷、しもやけ、腰痛、脱毛症、二日酔い、水虫、疳の虫……あはは、なんでも効きすぎじゃない? なにこれ」
おばさまが指したのは、見本として棚に置かれたプラスチック容器に入ったクリーム。
『死霊に憑かれた者のミミズ腫れに塗る薬のレシピをもとにした改良薬・ティーツリーの香り』ですって。
「これ、買うわ!」
これこそヨシュアに必要なものよ!
「ええ、これ買うの? あはは、私もダーリンに買おうかな。脱毛症、てかいてあるもんね」
おばさまと私はそのクリームをひとつずつ買った。
ショップを出ると隣にはカフェがあったわ。
おばさまはカフェに入りたそうにした。
「おばさま、そこで休憩してて。私、外を歩いてくるわ」
「わかった。若い子は元気だね」
「行きましょ、スーゴちゃん、アルバトロス」
おばさまを置いて、私は二匹と資料館の外に出た。
春の光がまぶしいわ。正午に近いから、おてんとさまは頭の真上。
二匹と話したくてたまらなかった私は、大きく伸びをして息を吐いた。
「来てよかったでしょ」
「勉強になりましたな」
「面白かったじゃ。じゃがも、火あぶりは怖かったねえ」
私はスーゴとアルバトロスと整備された遊歩道を歩く。
芝生の広場もあって、子供が遊べるような遊具も置いてあった。
矢印がわきに立っていて、森の中の小道を指していたわ。
『あなたにも霊力があれば見えるかも?
「真の神殿、て本当にあるのかしら」
資料館はもとは『紫の神殿』といって、神官の人間たちが住む神殿だったの。本当の神霊や眷属たちがいた神殿は、ここじゃなく、この近くの森の中にあったのですって。でも、その『真の神殿』は普通の人間には見えないのだそう。
「スーゴちゃん、アルバトロスには真の神殿が見えるの?」
「我らは眷属ですぞ。当たり前です」
「行ってみるじゃあ」
私とスーゴちゃんとアルバトロスは矢印が指すとおりに、森に入っていった。
しばらく丸太をうった階段の山道を上ったわ。
前方に岩棚が見えた時、スーゴちゃんが声を出した。
「ほら、そこです、そこ」
私は岩棚を見たけど、そこには岩棚しか見えなかった。
「こっちに来てみなされ、ミラルディ様」
ワン、とほえるアルバトロスとともに、スーゴちゃんは駆けていく。
「ちょっと、待って!」
私は小道から外れて、腰まで伸びる草をかき分けて、二匹を追った。
岩棚に倒れている木の上をスーゴちゃんとアルバトロスが飛び乗って走ったと思ったら。
次にはその姿は消えていた。
「スーゴちゃん? アルバトロス?」
「ここじゃあ」
「神殿の中に入っております」
声はするけど姿は見えず、てやつよ。
「ええ? どこなの?」
「ここじゃあ」
ヒョイ、と突然アルバトロスが目の前に現れた。でも次の瞬間、ジャンプしたアルバトロスは再びその姿を消す。
神殿の中に入ると姿が消えちゃうのね。
私も倒れた木の上に乗ったり、岩棚を歩き回ってみたけど、なにもおかしなところはなかった。
ただの岩棚に木が倒れた場所なだけ。
岩棚から続く崖の上の高い位置からスーゴちゃんとアルバトロスが急に現れた。
二匹は飛び降りて、私のところへ戻って来た。
「不思議。面白いわね」
私は少し感動したわ。
そして、マスカダインの神霊や眷属、いえ、未知の世界というものを本当に信じ始めていた。
今まで眷属の動物たちが話すのを聞いて驚いたけれども、なんていうか私は信じきれなかったの。
まだ、マスカダイン島の世界を見くびっていたのよね。
「かくれんぼしたら、絶対見つからないじゃき」
アルバトロスが尻尾をばたばたさせた。
「中は無人ですから荒れておりますがな。手入れすれば住みよいところにはなりそうでしたぞ」
にゃあご、とスーゴちゃんが顔を撫でながら鳴いた。
私にも見えたらいいのに。一体、どんな神殿なのかしら。
「ヨシュア様にも真の神殿が見えたはずですぞ。死霊に憑かれた者は、そうなるのです」
「そうなの。来られなくて残念ね」
あいつ、楽しめたのにね。
一緒に来たかったわ。
それから私たちは、山道をまた歩き続け、石が並ぶ不思議な場所にたどり着いた。
看板には古代の墓地、と書いてあった。
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