第16話 八匹の眷属たち

「以上が八匹の神霊の眷属。彼らは彼らの子孫も総動員して島中を探し回ってくれてるらしいんだ」

「増やしに増やした子孫はパネェわよ。人海戦術でよろしくやってるわよ」


 マドモアゼルが自信ありげに言ったけど、それよりも本来の仕事をきっちりとやってほしかったわよね。


「私もちょっと調べたのよ、昨夜」


 言って私はキッチンのテーブルに戻り、パパから借りたノートパソコンの前に立つ。

 ゆうべ、ヨシュアの家から帰ってすぐに調べたんだから。

 ちょっと休憩のつもりで、ベルばら読んじゃったらそのままハマっちゃったことは黙っておくわ。……人のこと言えなかったわよね、ごめんなさいアルバトロス。


「ネットで調べたの。私、マスカダイン教のこと何にも知らなかったもの。でも、たいしたことでてこなかった。私が知ってることばっかり」


 マスカダイン教ってまともなホームページすら無いのよ。


「ねえ、マスカダイン教って、布教活動全然してないのよ。教団にしちゃめずらしいわよね。この先、大丈夫なのかしらね」


 やる気の無さにびっくりよ。

 マスカダイン教は世界でも珍しいから知的文化遺産として守っていきましょう、ぐらいなものなのかしら。信者不足の財政難でこの先、倒れないのかしらね。


「それでね、一番よくわかりそうなのは、昔、ロウレンティア神殿があった場所が資料博物館になってるんだって。そこに行ってみない? あなただって、マスカダイン教についてよく知らないでしょう」

「全然、知らないよ。真面目だなあ、お嬢。社会見学の遠足みたい」

「ミゲロおじさんにいろいろ聞くより、手っ取り早いと思うの。百聞は一見にしかず、て言うでしょ。とりあえず勉強しないと。なんかヒントがあるかもしれないでしょ」


 私はロウレンティア神殿資料博物館のホームページを出した。


「ええ、入館料、結構するなあ。そこに行くまでの交通費もさあ」


 ヨシュアは入館料の表を見てブツクサ言う。


「教会からお金もらったんでしょう?」

「もう学費に消えたよ」

「じゃあ、私が出してあげるわよ」


 私は言い切った。


「今日は休館日なんですって。明後日、祝日で学校が休みでしょ。行けるなら眷属たちと一緒に行きましょ」

「みんなをバスに乗せて?」

「ちょっと大変ね」


 私は考えがあった。


「大丈夫。車を出してもらうわよ」



 * * *



 次の日の月曜日、私は学校の図書室でも昼休みにマスカダイン教のことを調べてみた。

 たいした本もなかったけど、ざっとそれら全部に目を通してから、私は目を押さえてため息をついた。

 ヨシュアも誘おうとしたけど、ヨシュアは昼休み、学食の皿洗いのバイトをしてるのよね。だから無理。


 クラスのポリアンナに何か聞いてみようかしら。ロウレンティア神殿の巫女だし。

 そう思って私は、少し憂鬱になった。

 もともと、ポリアンナとは仲も良くないけど。

 最近、彼女ピリピリしちゃってて、なんだか近寄りたくないのよね。ラスカル様相手にもちょっとしたことで噛み付くぐらいだし。

 病院にいる彼女のおじいさまの容体が良くない、てことをクラスの子が話してた。だからなのかしらね。


「ねえ、ミラルディ」


 図書室に来たクラスの女の子が椅子に腰掛けてる私に声をかけた。


「さっき食堂でモリモト君が倒れて保健室に運ばれていったわよ。真っ青だった。貧血かしら」


 私はその子の言葉が終わらぬうちに。

 本も片付けず、保健室に向かって図書室を飛び出した。


 * * *



「貧血よ。寝不足みたいねえ」


 保健室の先生が息を切らして部屋に入ってきた私を見て、座っていた椅子から立った。


「五限目は休んでここで寝ててもらうわ。ましになったら、帰った方がいいかもね。お母様に連絡いれてくるわ。ちょっとみててあげてね」

「お嬢」


 ベッドに横たわったヨシュアは、白い顔で私を見た。


「くらっとしただけ」

「……」


 私は先生が座っていたベッドの横に置いてある丸椅子に腰を下ろした。


 まだ、大丈夫なんて。

 スーゴちゃんでさえ分からないのに、誰が言えるのかしら。


 死霊に憑かれたらどんな状態になるかなんて、誰も知らないわ。

 もしかして、見かけより中身は進んでるんじゃないの? 憑かれてもう三ヶ月も経ってるんだもの。死霊は、ヨシュアの身体をかなり蝕んでるんじゃないの?


 強くにらんだ私に、ヨシュアは驚いたように目を開いた。


「なに」

「のんきすぎるからよ」


 あなたも、みんなも。

 二百年ぶりで誰も死霊憑きを見たこともないからって、甘く見てるんじゃないの?

 そうよ、教会も。

 このまま、ヨシュアが死んじゃったらテレビにでも私が訴えてやるからね。


「だって、死ぬとか言われてもいまいちピンとこないからさ」


 ヨシュアはまた他人事のように言った。


「眠くて眠くて仕方ないけど、動けるし。病気になったわけでもないし、実感わかない。それに」


 ヨシュアは信じられないことを口にした。


「俺がもし死んだら、母さんコブがいなくなるわけだから、新しい人生送りやすくなるかも、って思ったり。俺の母さん美人だからいけるだろ、十分」


 なにを言ってるのよ。


「俺って、いない方がいい人間だと思うんだ。いや、むしろ害にしかならないっていうか」


 はあ?


「あんた、十四でしょ。それでなに言ってるのよ」

「……わかるんだよ、なんとなく」

「わけわかんない。冗談でもそんなこと言わないで。あなたって変態だけど、そこまで変態じゃないわよ」


 私が低い声を出すと、ヨシュアは大人しく黙った。


「あなたが死んじゃったら、叔母さんは間違いなく悲しむだろうし。……私だって、嫌よ」

「ごめん……ありがとう」


 私はベッドに置かれた目の前のヨシュアの手を見た。

 皿洗いに従事してるから、荒れている。

 私はものすごくその手を握りたくなった。


 いきなり、握ったら変かしら。


 考えた私は、昔を思い出しておかしくなった。

 小さい頃は毎日握ってたのに。

 一緒に手を繋いで保育所の行き帰りをしたのよ。

 あの頃は当たり前のように身体に抱きついていたのに。お互いの部屋で遊んで、一つの布団で昼寝もよくしたわ。


 いつから?

 小学校に入ったぐらいから?


 あなたと遊ばなくなったのも、距離を取り出したのも。

 あなたが男の子で私が女の子だと分かり始めてから?


 ヨシュアの顔に目を戻すと。

 ヨシュアは寝息を立てて目を閉じていた。

 本当に眠くて眠くてしょうがないのね。


 私は手を伸ばしてヨシュアの手に触れようとして。

 先生が戻ってきたから、あわてて手を引っ込めた。








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