第8話 男の選択
「まず、あの子の右の目尻にほくろがあったよね。ありゃあ、ダメだ」
我が家に入ってリビングのソファーに座るなり、ギョヒョンおばさんはそう口にした。
「人相では右目尻のほくろは不特定多数の異性と交遊する相だよ。あの子、将来ヤンチャ決定だよ」
「そんなの占いでしょ」
「人相学は手相と同じで、統計学なんだよ。占いじゃない」
私の言葉におばさんは顔を横に勢いよく、ぶんぶんとふる。
「あたしはね、ミラルディ。おばあさまのように失敗しないために、いろいろ男の見分け方を学んだの。勉強してきたの。エインズワース家の女は責任重大なんだから。……あの子はすごく危険なにおいがするね。よくない感じ。男の毒、満載」
断固として言われたその迫力に私は口を閉じる。
「長年磨いてきたあたしのカンは確かだから、言うとおりにしたほうがいいね。近づいちゃ、きっと取返しのつかないことになるよ。そこがかえって惹かれるんだろうけどね。あたしもね、他の女の子相手なら、一度くらいそんな男経験してもいいかもね、て言ってあげるよ。でも、あんたはエインズワース家の女だから、絶対ダメ。ちょっとぐらい付き合うなら、いいよ。でも、一線は絶対超えないこと」
ちょっと! 中坊の女の子になんてこというのよ。
「そんなんじゃないってば!」
「そう? そこまで言い張るんならそういうことにしてあげてもいいけど」
顔を真っ赤にした私にギョヒョンおばさまは肩をすくめる。
「だいたい、私、ボーイフレンドもまだ居ないのに! 気にし過ぎよ!そんなのまだまだ先の話でしょう!」
本当のこというと、クラスの女の子たちには、男の子と付き合い始めてる子がそろそろ出てきたけど。
私の言葉におばさまはちょっと何か考えるような顔をしてから、口を開いた。
「ねぇミラルディ。あんたがこれから何人の男と付き合うかわかんないけどさ。これから、ちょっと私の考えを言うよ、いいかい?」
おばさまが真剣に見えたから、私は素直に頷いたわ。
「好きな男と好きなように寝れないなんて、何時代だって話だよね。我慢しなきゃいけないなんて、私たち、すごく不憫な女の子だよ、ミラルディ。あたしも昔、すごく腹が立ったんだ。だから、それを振り払って自由に生きたおばあさまのことを私はすごくかっこよくみえた。実はちょっとおばあさまのこと尊敬してるよ、自分を貫いた点ではね……おっと、他の人に内緒だよ」
ギョヒョンおばさまはあわてて人差し指を口の前に立てた。
「ねえ、ミラルディ。あたしね、おばあさまは別に悪くないと思ってんの。まずかったのはその後のアフターフォローだと思ってんの。人は、変わるもん。出会った時は善人でも、時が経てば悪人に変わる、なんてことよくあるじゃないか。つまり、おばあさまはチョビひげや真っ赤なおじさんから目を離さなきゃ良かったんだよ」
ギョヒョンおばさまは語気を強めた。
「一度手を出した男は、それからもずっと自分の男だっていうくらいの責任を持たなきゃいけなかったんだよね。目を離しちゃいけなかったんだよ。そうすれば、悲劇は防げたはずさ。終わった相手に名前つけてしつこく一生保存してるのはだいたい男で、女ってのはさっさと次の新しい相手に上書き保存するもんなんだけどさ。私たち、エインズワース家の女は、それをしちゃいけないんだよ。他の女みたいに過去の男は忘れて新しい男にさっさと乗り換えるなんて無責任なことしちゃいけないんだよ」
「……どういうことなの?」
私は眉根を寄せてギョヒョンおばさまに聞いた。
「こういうことだよ」
ギョヒョンおばさまはラインストーンに彩られたスマホを取り出した。
「これ」
順に見せられたのは。
五人の男性の連絡先と。
そして、彼らそれぞれと頻繁に交わすメール文。
「奴らの動向はいつもチェックしてるし、精神状態も探ってるよ。変な方向に走ったら、すぐに修正するつもりでね」
「これ……おじさま、ミゲロさんは知ってるの?」
「知るわけないじゃないか、内緒だよ」
でしょうね!
私がミゲロおじさまだったら、嫌よ。
妻が元カレ全員と毎日今でも連絡取り合ってるなんてね!
「ね。そういう方法もあるってこと。かなり、面倒くさいけどさ」
ええ、面倒くさいわ。
無理。私は絶対無理。
私は想像して頭が痛くなった。
そんな面倒くさいことしてらんないわよ。死ぬまで一生、てことよね。
私はおばさまを見て首を振る。
「おばさま。大丈夫よ。私は昔から決めてるの。私のママみたいに生きようって」
そうよ。ママみたいに。
パパのようなたった一人の素晴らしい男性を吟味して選び出し。
そして、その人と一生を添い遂げるのよ。
「結婚するまで清い処女を貫くの!」
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