第7話 ギョヒョンおばさん
「ごちそうさま」
美味しくお好み焼きをいただいた私は。
まだヨシュアのお母さんと話したそうなパパを置いて先に店を出た。
うーん、パパは行動力はあるのよね。きっと。残念ながら口が伴わないだけなんだわ。
「じゃあね」
ドアを開けると猫のスーゴちゃんと犬のアルバトロスが足元で待ち構えていた。
にゃおん、とスーゴちゃんが私を見上げて鳴く。
「ヨシュア」
私はヨシュアを呼び、抱き上げたスーゴちゃんとアルバトロスを引き渡した。
別れを告げドアを閉める。数歩、隣の我が家に向かって歩いた途端、
「いい男だね」
背後から声がした。
「こんな島に、あんな子がいるなんてねえ」
「ギョヒョンおばさま」
振り返った私に近づいてくるのは、大きく胸もとのあいた緑のワンピースに黒髪をなびかせた妙齢の美しい女性だった。
ハイヒールをカツカツいわせて彼女は私の前に来る。
目は大きくつりあがった奥二重。
小柄だけど腰の位置は高い。
骨が細くて華奢。
東洋と西洋の絶妙なクォーター。
ギョヒョンおばさま。
エインズワース家の女よ。
でも、おばさまはコリア系なの。
ちょっとここで思い出して。
お話の最初に言ったわよね。
この島を出てヨーロッパに行き、二度と戻ってこなかった私の曽祖母さまの妹の話。
ヒトラーとスターリンを生み出したその彼女の子孫がギョヒョンおばさまなの。
曽祖母さまの妹は戦後、東アジアに行ってそこに住み着いたみたい。
そこでちょっと疑惑がわくわよね。
今、アジアに独裁国家の「北の国」があるでしょ。
ヒトラーとスターリン二人の独裁者を生み出したのと同じように。
そのアジアの独裁者の先祖とも、ギョヒョンおばさんの先祖がもしかして関係したんじゃないの、なんていう疑惑——。
真相は闇の中。
あえて私たちはギョヒョンおばさまに聞かないようにしてる。
だって、もしそうならば、エインズワース家の女によって、二十世紀の独裁者が三人も生まれてしまった、ていう不名誉な事態になっちゃうじゃないの!
ギョヒョンおばさまは数年前に、自分のルーツを求めてマスカダイン島にきたの。
ギョヒョンおばさまのお祖母さまはエインズワース家に勘当された、て話は前にしたと思うけど。
ギョヒョンおばさまのお祖母さまに非があるのであって、ギョヒョンおばさま自身には非はないもの。
マスカダイン島のエインズワース家はギョヒョンおばさまを受け入れたわ。
ギョヒョンおばさまはこのマスカダイン島を気に入って定住しちゃって。
そしてミゲロ、ていうマスカダイン教会の神父さんと恋に落ちて結婚したわ。
予想通り、ミゲロ神父さんはトントン拍子に出世して、今じゃ教会の超エライ人になっちゃった。
「こんばんは、ミラルディ。今日は会合の日だし、また夜に会うけどさ。せっかく近くまで来たからケーキ買ってきたよ」
ギョヒョンおばさまは片手に持ったケーキの箱を持ち上げてウインクした。
おばさまはとても気さくで人懐っこくてさっぱりした人なの。
たびたびこういうことしてくれるから私、大好き。正直、お好み焼きを食べたばっかりでお腹いっぱいだけど、ケーキは別腹。いけるわ。
「ありがとう」
「さっきの子、いい男になるね。西洋人から見ても東洋人から見ても、美形なのは本物の色男の証拠だよ」
ギョヒョンおばさまはお好み焼き店のドアを見ながら言った。
どきん。
そ、それってもちろんヨシュアのことを言ってるのかしら。
私がヨシュアのお母さんのアガニを本物の美女と認めて評したのと同じように、ギョヒョンおばさまはヨシュアのことを評したわ。ずっと東洋にいたギョヒョンおばさまが言うのだから間違いないわね。
ということは、やっぱりヨシュアがクラスの女子に密かに騒がれてるのはそういうことだったんだわ。
あいつ、美男子なのよ、やっぱり。
「く、クラスメイトなのよ」
「で、好きな男の子なんだろう、ミラルディ」
どきん。
「ち、ちちちがうわよ!」
ちょっと。パパみたいにどもっちゃったわ。
「わかるよ。誰だって、あんな顔の子、近くに居たら惹かれちゃうじゃないか。外見重視で中身なんか見えてないのが中坊だよね。足が速いだけで男の子に惚れちゃう年頃から毛が生えたぐらいだもんね。しょうがないよね。私があんただったら、あの子のこと、追いかけまわしてるよ」
口をパクパクさせてる私に、ギョヒョンおばさまは近づいて顔をのぞきこんだ。
「でも、あの男の子は絶対にダメだね」
「は? なに……」
「まあ、中で話そうよ」
ギョヒョンおばさんは私の手をつかむと強引に我が家に入っていった。
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