第6話 猫と犬とパパとママ
「手伝ってくれたからさ。お土産にお好み焼き持って帰りなよ」
ヨシュアに言われて、学校帰りに私はヨシュアの家に寄った。
っていってもお隣さんなんだけどね。
ヨシュアのお母さんは今、お好み焼き屋さんをしてるの。前は鉄板焼き、その前は焼き鳥……今、いくつめかしら。いつも、上手くいかなくて鞍替えすることになるのだけれど。
そのヨシュアのお家の隣に立つのが私の自宅兼パパの事務所。私って社長令嬢なのよ。
私のパパは鉄道模型を取り扱う会社の社長兼職人なの。
それが、パパの器で見込める最大限の出世だったってこと。
ちょっと。
エインズワース家の女の力をもったとしても、億万長者になれなかったからって、パパを馬鹿にする人はいないわよね? もちろん。
パパは職人よ、世界から注文が来る職人なんだから。すごいでしょ。
億万長者がだいたいなんぼのものなのよ。
エインズワース家の女にとって、一番大事なのは平穏、平凡なの。相手の出世なんてほどほどで十分なのよ。
そういうことで、死んだママの男を見る目は確かだったってことね。エインズワース家の男選びの基準は小物であることだもの。
言い忘れてたけど。
ヨシュアのお父さんと同じで、私もママを交通事故で三歳の時に亡くしたの。
ヨシュアと私は同じひとり親ってこと。
ヨシュアの家――お好み焼き屋さんの前に来ると同時に。
いきなり大きな獣と小さな獣二匹が飛び出して来た。
立ち止まった私たちの足をすり抜けて二匹は走っていく。
「スーゴちゃん! アルバトロス!」
私は駆け抜けていった猫と犬に声をかけたけど、彼らは後も見ずに走り去る。
「そんなに急いでどこに行くのかしら」
スーゴはヨシュアが一年前から飼ってる雑種の猫よ。
ものすごくブチャイクなの。
長毛種の血が混じっているボッサボサのブチ猫で。目はやぶにらみで、鼻は上を向いている。片目尻に黒いブチがあって、それがとっても印象的。
近所の人に虐待されていたところをヨシュアが助けたのですって。
「俺と似てたから、思わず助けたけど。浦島太郎みたいにならないかなあ」
これが、ヨシュアの言葉。
ウラシマタロウ、ってのがわからないけど、自分と似てるって言ったのは、目のほくろのことかしら。それ以外にないわよね。
アルバトロスは、とっても綺麗な白金の毛並みのアフガンハウンド。
そして「世界一頭の悪い犬」どおり、とってもお利口さんでないワンちゃん。
首輪もなしに街でウロウロしていたのをヨシュアが勝手に連れて帰ったの。
誰にでも懐いて、ハフハフしちゃう、おバカさんな可愛い子。
「もしかしたら売れるかな、と思ってさ」
これがアルバトロスを拾った理由。
今でも居る、てことは売れなかったのね、ヨシュア。
この二匹は、猫と犬、という種族のくせにいつも一緒にいるの。
アルバトロスがおバカさんなせいだと私は思っている。
「ただいま」
ヨシュアがドアを開けると、甘辛いソースと磯の香りと、豚肉の焼ける匂いが鼻をついた。
カウンターで立つヨシュアのお母さんが、おかえり、と返したわ。
がらん、とした小さな店内。
鉄板つきのテーブルが五つあるけど、そこには誰もいない。
カウンターの席にいるお客さんはたった一人。
「パパ、来てたの」
私の声に、その中年男性は笑い返した。
ラィズリ=ハーヴィル。
鉄道模型職人の私の父親。
中肉中背でこれと言った特徴のない顔だちのパパは、人の良さだけはこれでもか、ってくらい滲み出ている、いかにも優しいおじさんよ。
よれたシャツにコットンパンツといった姿だけど、これでも社長。
対して、カウンターに座るパパの前に立つヨシュアのお母さんは、ハッとするほど綺麗な女性だった。
アガニ=モリモト、は誰が見ても美人だって言うと思う。
オリエンタルビューティーの証である漆黒の真っ直ぐな髪は後ろで一つにまとめられている。
ヨシュアと同じで、目は一重だけどすごく力がある。
ほら、欧米人が思う東洋人の美人と、東洋人が思う東洋人の美人は一致しないことが多いじゃない?
それがヨシュアのお母さんの場合は見事に一致する奇跡のタイプなのよ。
ついでに言うとスタイルはもろに欧米人好みなのよね。彼女のエプロンの下の身体はジーンズが似合うツンと上がった大きなお尻と長い脚なの。
残念なのは、その美しさをもってしても、不幸オーラがぬぐえないこと。
幸薄い感じが彼女にはどうしてもまとわりついてるのよね。
「夕飯はここで食べていこうか、ミラルディ」
パパの言葉に私は頷いた。
「毎度あり」
にやり、とヨシュアは私に笑いかける。
もう、折角、タダでいただけるところだったのに、パパ。
まあ、別にいいけどね。
パパの隣の席に着いた私の前に、ヨシュアが冷蔵庫からコーラの缶を出して置いた。
コレはおごり、てことみたい。
「ヨシュア君はお店の手伝いをしてエライねえ」
「いえ、そんな別に」
パパの言葉にヨシュアは素っ気なく返す。
「ミラルディちゃんみたいに可愛い女の子で愛想も良ければもっといいんですけどね」
お母さんのアガニが私を見て微笑んだあと、パパに笑いかけた。
「い、いいいいいやあ、そそそそそそそそうかな?」
ああ、もう。
ヨシュアがカウンターの向こう側で笑いをかみ殺した顔で私を見る。私は無視して、ぷしゅ、とコーラのプルタブを引きあげた。
「は、はははははおや似で、わわわわわわたしに似なくて、よよよよよよかったと、おおおお思ってるんですよ」
パパったら、どもりすぎなのよ! もう。
私は缶から直接コーラを飲みながら、一生懸命にヨシュアのお母さんに応えているパパを見た。
一体、いつになったら、どもらずにヨシュアのお母さんと話せるのよ! 恥ずかしいわね!
丸わかりよね。
パパは、ヨシュア母子が隣に越して来たときから、ヨシュアのお母さんに気があるの。そのときから、こんな調子。
娘の私も呆れちゃうわよ。
おばあさまが言ってたけど、私のママ相手にもこんな調子だったのですって。
これでよくママをモノに出来て、私まで作ったわよね。
……あら、ちょっと、下品だった?
そんなパパにすっかり慣れて、ヨシュアのお母さんはいつも微笑むだけ。
当然、パパの気持ちには気がついているんでしょうけどね。
こんな状態の二人を見て、子供として私は思うわよ。
多分、ヨシュアも思ってるんだと思う。
子供の私たちが、一言でも後押しすれば、二人はきっとすんなり上手くいくんだな、てことを。
それは素晴らしいことだと思う。
ヨシュアのお母さん、ヨシュアにとって、生活がとてもラクになるもの。
でも、私はそんなこと言わない。
ヨシュアもきっと言わないと思うわ。
だってそんなことになったら私たち。
兄妹になっちゃうじゃない。
だからよ。
私は、どもりながら必死に話しかけるパパと。それに微笑みをたたえて辛抱強く応えるヨシュアのお母さんを見ながら。
焼きあがったブタ玉を一枚、平らげた。
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