第4話 問題2
ユミュール先生があわてて止めた。
クラスの端の方から少数の女子の「あーん、最後まで聞きたかった」という言葉が聞こえる。
「……モリモト君。君の回答は非常に新鮮だった。私としては納得がいかないが、しかし「こころ」のKの自殺の理由に関しては「私」の自殺とともに様々な答えが出されており、どれが正解とも言えないのが事実だ。結局は読者にその答えをゆだねるというのが夏目漱石氏の考えだと私は思う。君がこの物語を読んで、そのように感じたというなら、斬新ではあるがそれは間違いではない。……君が私の授業を聴いていてくれたようで私としては嬉しい」
ユミュール先生は淡々とヨシュアに返した。
大人よね。
「しかし、やはり私の授業では目を開けていてもらいたいと思う。君が白目をむいて揺れ動いている様は、不快ではないよ。むしろ私から見ると微笑ましい」
「……すみませんでした」
頭を下げて謝るヨシュア。
もう、素直に最初からそうすればいいのよ。
「ユミュール先生! モリモト君がそれでおとがめなしなのは私は納得できません!」
元気よく声をあげて後ろを向き、立ち上がったのは一番前の席に座ったポリアンナ委員長だった。
ああ、もうちょっと。収まりかけていたのに、この委員長は。空気が読めないわねえ。
「モリモト君の
ううう。
ポリアンナの言葉に私たちは後ろの席のラスカル様を思わず見てしまう。
案の定、ラスカル様はぐさりと傷ついた青い顔をしていた。
ポリアンナ=チェンチ。
マスカダイン教会の家の子なのよね。
マスカダイン教っていうのはこの島の民族宗教なんだけど。
彼女はそのマスカダイン教総本家ロウレンティア教会の子。
将来は巫女さん、みたいなものね。
マスカダイン教って、同性愛を認めていないの。
そのマスカダイン教の教えをみっちりとうけたポリアンナももちろん同性愛なんか認めない。
……わかるでしょう? この切なさ。
それを知りつつも想いを止めることのできないラスカル様に、私たちクラスメイトは苦しくて一緒に心を痛めているのよ。
ポリアンナを除くクラスメイト全員が禁断の恋の行く末に切なくなる。
「チェンチさん。それはね、また違う話になってしまうからね。学級活動のときにでも話し合いましょう。今は現代文の授業だから」
ユミュール先生はやんわりと話をそらそうとした。
その言葉にポリアンナはむっとした顔をつくる。
そんな顔でも彼女は愛らしい。もとが美少女だからよ。
きっ、とポリアンナはおさげの三つ編みをふって、ヨシュアをにらみつけた。
「ええわかりました。でも、先生。モリモト君の目をまぶたに描いた行為は、どう考えてもユミュール先生をバカにしていますわ! 彼になにか罰を! 神霊イオヴェズの名のもとに!」
ひー、出たわこのセリフ。
マスカダイン教、って結構バイオレンスな歴史を持つのよね。
目には目を歯には歯を。
宗教裁判もなしに即極刑、とか多かったみたい。
罪人はもちろん、火あぶり。
特に九体居る神霊さまのうちのひとつ、火の神霊イオヴェズは罪を焼く神霊ともされているの。
世が世なら、巫女ポリアンナによってヨシュアは火刑にされていたとこね。
「あー……じゃあ、モリモト君にはもうひとつ、問題を解いてもらおうかな。それが正解したらおとがめはなしということにしましょうか」
ユミュール先生は柔らかい声でそうおさめた。
ポリアンナって、融通が利かないというか、しつこいというか、結構面倒くさい子なのよ。
それが分かっているユミュール先生は、なんとか面倒になるのを抑えようとしている。
「さあ、みんなも考えてみなさい。日本のことわざだ。日本語で書いてみよう」
ユミュール先生はさらさらと達筆な日本語の文字を書いた。
先生の奥様は日本人だったの。お気の毒に三ヶ月前、その奥様は闘病の末に亡くされたのだけれど。
「……この漢字は
虎穴に入らずんば、虎児を得ず、でしょ。
誰でも知ってるわよ。日本のマンガでよく出てくるもの。
ユミュール先生、なんて簡単な問題を。
「さあ、モリモト君、答えと、このことわざの意味を答えてくれるかな」
ユミュール先生の優しい助け舟にヨシュアは若干、微笑んで答えた。
「穴と子ども、です」
ヨシュアの言葉を聞いた瞬間、私はヨシュアの次の答えが読めて目を見開いた。
まずいわ!
「先生! 私が意味を……!」
言わせないわよ、ヨシュア!
あわてて手をあげて立ち上がり、私がその意味を先に述べようとすると同時にヨシュアが答える。
「穴にいれなきゃ、子供は作れないってことでしょ、先生」
……言いやがったわね!
赤面してにらみつける私を、ヨシュアは涼しい顔で見返し、眉と口の片端をあげた。
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