第2話 お正月国へ
まぶしい!
かっちゃんは目を細めました。
目の前を大きな月が明るく照らしていました。その月の
なんて派手な空でしょう。
この空をどこかで見たような気もします。
「あれ、花札の『月』やん」
隣のたけちゃんの声にかっちゃんは、ああ、とやっと気が付きました。
そのとおり。花札の月の空と同じなのです。
「ここ、どこなの」
突然、変わった風景にかっちゃんとたけちゃんは訳が分かりません。家の中にいたはずなのに、一体、どうしてしまったのでしょう。夢の中にでもいるのでしょうか。
見渡すかぎりのすすき野原が広がっています。変わったことに、そのすすきは
あ、その間を鮮やかなオレンジ色をしたものが二つ、走っていくのが見えました。
一つは
キエエエエエエ!
頭の上で鳴き声がしました。
見上げると、花札の
キエエエエエエエエ!
ついてこい、と二人に言っているようです。かっちゃんとたけちゃんは顔を見合わせました。
キエエエエエエエエ!
飛んでいく
さわさわとそよぐ
そして、その扉の前にいろいろなものが集まっているのが見えました。
先ほどの猪、鹿。蝶々に
花札のメンバー以外にも着物を着た人が沢山いました。
あれは、百人一首のメンバーではありませんか。
その他にも、
『あな、おそろしや』『
いろんな声が聞こえます。
「ここ、花札の中や。あれ、ちがうか、百人一首の中なんかな」
立ち止まった、たけちゃんが息を
みんなはかっちゃんとたけちゃんに気が付いたようです。奥から、十二単の女の人が一人出てきて、勢いよくかっちゃんとたけちゃんに言いました。
「あんたたちね! とんでもないことをしてくれた子供は!」
絵のとおりのふんわりとふくれた頬っぺたと優し気な細い糸目とは逆に、とても怖い声でした。
よく言われているように、清少納言は気の強いはきはきとしたお姉さんのようです。
「このバカ者! どうしてくれるのよ!」
ざわざわ、と多くの歌人たちにかっちゃんとたけちゃんは取り囲まれてしまいました。
『地獄の門が開くぞ』『
意味が分かりませんが嫌な予感を起こさせる言葉が続きます。
「これこれ、子供を怖がらせるな。大の大人がよってたかって」
伸びやかな、男の人の明るい声がしました。
「お父様」
「
その男の人は清少納言に向かってそう言い、かっちゃんとたけちゃんの前に来ました。
「あ、すえのまっちゃん、や」
たけちゃんはつぶやきました。
たけちゃんの好きな
清少納言のお父さんでもある清原元輔は頭の回転が早い、とても面白い男の人だったといいます。今も、細い目をもっと細くしてにっこりと笑いながら、二人に話しかけました。
「いたずらが好きそうな顔をしているな、子供たちよ。だが、今回ばかりは悪かった。まだ何もわかってはおらぬだろうから、私が説明してあげよう」
「おぬしらが来たここは、お正月国だ。百人一首、花札、
トントン、と扇子で自らの肩を叩いてから、すえのまっちゃんは、たけちゃんを指しました。
「お主が地獄の門を開く禁断の儀式を行ってしまったのだ。もうすぐ、あの扉は開かれ、ここは
「禁断の儀式?」
かっちゃんとたけちゃんは顔を見合わせました。
「花札の鬼の札に、
南蛮渡来の秘薬とは、こぼしてしまったコーヒーのことでしょうか。そして、女の嘆きとはマミの泣き声のことでしょうか。
「ともあれ、儀式は成立しつつあり、あの空の月が沈むまでにどうにかせぬとこの国は終わりというわけじゃ、ちゃんちゃん」
他人事のように話す、すえのまっちゃんの横から、つい、と出てきた女の人がしっかりとした声で言いました。
「まだ手はあります。地獄の門の
の女性歌人です。
その歌のとおり、髪が乱れ、衣もはだけて、もうすぐでおっぱいが見えそうなほどです。
すえのまっちゃんを始め、周りの男性歌人たちの糸目の
「本来ならば、守り人がいれば地獄の門は再び閉じたのです。しかし、あなたたちは守り人も
どういうことでしょう。
「探して連れてきてください。
「さあ、急げ! 少年どもよ。地獄の門が開けば、鬼が出る。鬼は美女が好きでおじゃる。生憎、
すえのまっちゃんが、扇子で奥の方を指しました。
「ちょうど、お主の妹君とな」
扇子で指された方向に、百人一首の歌人たちがよけた道が出来ました。
一番奥に、ピンクの衣を着たお姫さまのような女の子がちょこんと座っているのが見えました。
「にいにい」
その女の子は嬉しそうな声をあげてこちらを見て笑いました。
なんと、マミではありませんか!
いつの間にか、おかっぱの刈り上げだった髪は伸びて、地面にまで届いています。
扇子を持ち、まるで、百人一首の絵札のようなポーズをしています。
お姫さまになれて喜んでいるのかもしれません。
「妹君を鬼の
楽天的な声の調子でありながらも、すえのまっちゃんの言葉は
マミは
「今すぐに、先程言いました守り人をここにお連れください。はやく。月が沈むまでに。お手伝いとしてこの者たちを
「この者たちの背に乗りなさい。お正月の国とあなたたちの国をつなぐ穴はいつも同じところにはない。鳳凰がその穴を探し、猪と鹿があなたたちを連れていきます。さあ!」
堀河の言われるままに、かっちゃんは鹿に、たけちゃんは猪の背中に
「それっ」
すえのまっちゃんがかけ声を出して、扇子で猪と鹿の
キエエエエエエエエエエ!
鳳凰が鳴き、かっちゃんとたけちゃんたちは出発しました。
鹿の背はゴワゴワ。
最初、かっちゃんは角につかまりましたが、鹿が嫌がったので首につかまりました。
隣のたけちゃんはと見ると、必死で猪にしがみついています。
「痛いわ、ブラシの上に乗ってるみたいや」
猪の毛はとても良いヘアブラシの材料となります。まさにその通りなのでしょう。
「札を探せばいいってことだよね?」
かっちゃんは振り落とされまいと鹿に抱きついて叫びました。
「そういうことやろ。
キエエエエエエエエエエ!
鳳凰が前方の空でくるくると回り始めました。猪と鹿は鳳凰の下に向かって突進します。
あれが、かっちゃんたちの世界とこのお正月王国をつなぐ穴なのでしょう。さきほども、この穴からかっちゃんたちはやってきたのです。
穴に近づいても猪と鹿は速度を落とそうとしません。
かっちゃんとたけちゃんは猪と鹿も自分たちを背に乗せた状態で穴に飛び込むのだと思いました。
……そう思い込んでいたものですからたまりません。
穴の直前で、なんと猪と鹿は急ブレーキをかけたのです。
その勢いで、かっちゃんとたけちゃんは飛ばされてしまいました。
「うわああああああ!」
二人で叫び声を上げながら、穴に吸い込まれていきました。
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