お正月国と地獄の門

青瓢箪

第1話 花札と坊主めくり

 冬休みの近づいた日曜日です。

 小学二年生のかっちゃんの家には近所に住む友達の武道たけみちくんが遊びにきています。


 かっちゃんはたけちゃんとかっちゃんのお母さんの三人とでコタツの上で花札はなふだをしていました。

 たけちゃんのおじいちゃんがこの間、たけちゃんとかっちゃんに花札の遊び方を教えてくれたのです。それからずっと、たけちゃんとかっちゃんは花札にハマっているのでした。


 手七てしち場六ばろく

 札をそれぞれの前に裏向けて七枚配り、真ん中に表向けて六枚並べ、残りを山にして置きます。


「うわあ、鬼がでた」


 最後に表を向けて前に置いた札は、鬼、とも呼ばれるかみなり太鼓たいこの真っ赤な雨札あめふだでした。

 トランプのジョーカーのような札です。

 好きな札をどれでも一枚、取ることが出来ます。

 ジャンケンで勝ったかっちゃんが鬼の札で、隣に並んでいた月の札をとり、スタートしました。


「次、お母さんの番」

「はいはい」


 かっちゃんのお母さんは眠そうな弟の幹宏みきひろを膝に乗せて絵本を読んであげながら、コーヒーを飲みつつ、花札に参加して、隣の麻美マミとも床に置いた百人一首ひゃくにんいっしゅで「坊主ぼうずめくり」をし、更にチラチラとテレビのドラマも横目で見ています。


『かっちゃん、おばちゃん大変やで。この回、終わったら二人でしよう』


 たけちゃんが気をつかって、かっちゃんの耳元でささやきました。


『えー、しょうがないなあ』


 かっちゃんはしぶしぶながらうなずきました。三人でするのと二人でするのとでは面白さが全然違うからです。妹のマミが花札を出来れば一番いいのですが、まだ小さいのでルールが分からないのです。


 電話が鳴りました。

 お母さんが幹宏を膝から降ろして立ち上がりました。

 マミが早速さっそく、ごね始めました。


勝也かつや、幹宏を見てあげて。お母さんの代わりにマミと坊主めくりをしてあげて」


 かっちゃんの返事も聞かずにお母さんは電話の方へ急いで向かいました。


「しゃあないな、一旦いったんお開きや」


 札を置いて、たけちゃんがマミの前へと移動しました。かっちゃんは目が覚めてパッチリと大きな目をした幹宏を抱っこして、たけちゃんのとなりに座りました。


「マミちゃん、おばちゃんの代わりに俺がするわ」


 マミはニッコリしました。

 優しいたけちゃんがマミは好きなのです。


 坊主めくりは始まったばかりのようで、裏向けに置いてある札の山は高いです。

 百人一首の絵札を自分の番で一枚めくり、坊主が出ると持ち札を全部前に戻し、お姫さまが出たら前に戻された札を取ることが出来て更にもう一枚めくることができる、というのがルールです。最後に誰が一番多く札をとるのかを競うのが坊主めくりという遊びです。


「今までおっちゃんばっかり」


 マミが言いました。

 おっちゃんとは、お坊さんでもお姫さまでもない、男性歌人のことです。

 マミは百人一首の札を、お姫さま、坊さん、おっちゃん、と呼び分けていました。


「あ、それは女の人やから、お姫さんとおんなじやで、マミちゃん。もう一枚、めくり」


 マミが札を一枚めくったあと、続けて手を出さないのを見てたけちゃんが言いました。


「え? そうなの?」


 かっちゃんは驚きました。


持統じとう天皇てんのうは女の人やねん」

「今まで、男の人だとばかり思ってた」


 マミは思いもかけず、もう一枚めくることが出来て嬉しそうです。

 しかも次の札はお姫さまでした。


「おののこまち」


 マミがニッコリしました。

 ピンク色が大好きなマミはピンクの桜の衣装を着た小野小町おののこまちが好きで、自分以外にその札が出ると必ずねだって交換してもらうほどでした。

 三枚目は男性歌人が出て、次にはたけちゃんの番です。


「うわあおう、坊さんや!」


 西行法師さいぎょうほうし

 たけちゃんが大げさに残念そうな声を出しました。

 あーあ、と持ち札を全部、前に出します。

 マミは嬉しそうです。


 マミはお姫さまがよく当たりました。

 マミの前にはだんだんと札が積み上がっていきます。

 反対に、たけちゃんは坊主ばっかりひいてます。たけちゃんが、そのたびに大きな声を出してくやしがるものですから、マミの機嫌きげん絶好調ぜっこうちょうです。

 札が残り少なくなったとき、たけちゃんがかっちゃんにささやきました。


『なあ、蝉丸せみまるのおっちゃん、出た?』

『ううん、出てない』


 名前もそうですが、帽子を被った蝉丸は、坊主の中で目立つ札です。

 かっちゃんとたけちゃんは嫌な予感がしました。

 マミはとてもとても嬉しそうです。自分が勝つに違いない、と思っているのです。


 札は残り、三枚。

 たけちゃんが一番上をめくると、男性歌人でした。


「あ、俺の好きな『すえのまっちゃん』や」


 ちぎりきな かたみにそでを しぼりつつ 

 すえ松山まつやま なみこさじとは


 清原元輔きよはらのもとすけ。清少納言のお父さんです。

 たけちゃんは百人一首のかるたをしたときは、その札だけは誰よりも早くとることが出来ました。


 マミが次をめくります。

 紫の衣装を着たお姫様が目につきました。紫式部むらさきしきぶです。


 あ、やばい。

 たけちゃんとかっちゃんは目を合わせました。

 そんな二人の前で、マミは嬉々ききとして最後の札をめくりました。


 蝉丸せみまるです。


 マミは、じっとして手に持った蝉丸をにらみつけました。

 固まったまま、何も言いません。


「あはは、マミちゃん、さあもう一回や。次はわからへんで」


 たけちゃんが明るく声をあげたとき、マミの手がわなわなと震えはじめました。

 蝉丸の札を落とし、こぶしをつくり、突き上げます。


「ウワアーーーーーーーーー!」


 真っ赤な顔でマミが雄たけびをあげました。

 目の前にあった札の山をめちゃくちゃに崩します。余程、悔しかったのでしょう。涙を目にためながら、たたみに敷いた絨毯じゅうたんの床を叩きはじめました。


「ウワアアアアアーーーーーー!」


「マミちゃん、もう一回、もう一回、やろ、な?」

「マミ! 勝負なんだから、あきらめろ! バカ!」


 癇癪かんしゃくを起して札を投げ始めるマミをやめさせようとかっちゃんは押さえつけました。


「あ、危ない!」


 たけちゃんの声にかっちゃんは振り返りました。

 膝からおろして目を離したすきに、一歳を過ぎたばかりの弟の幹弘が、コタツの机によじのぼったところでした。ふらふらと立ち上がろうとしています。


「あかんあかん、みっきー」


 たけちゃんが幹弘を慌てて抱っこして降ろそうとします。そのとき、たけちゃんの肘がお母さんのコーヒーカップに当たりました。カップは倒れて、残っていた半分ほどのコーヒーが机の上にぶちまかれました。


『ぎゃああああああおおおおうううううううう!!!』


 うなり声とも喜びの声ともつかぬ大きな声があたりに響き渡りました。

 あまりの声の大きさにかっちゃんとたけちゃんは思わず耳を手で覆いました。


 そのとき、目の前の景色が揺れました。

 地震でしょうか? いえ、身体に揺れは感じません。

 不思議なことに景色だけが揺れて、ぐにゃりと曲がり、そしてそれはうずを巻いていきます。

 ぐるぐる、ぐるぐる。

 コタツも、テレビも、花札も、百人一首も、マミも。

 ぐるぐるとその回転する渦に巻き込まれ、一緒になってしまいました。

 かっちゃんは、バスの中で酔ってしまったときのように気持ち悪くなりました。

 顔をしかめたその瞬間、かっちゃんもたけちゃんもその渦に巻き込まれ、そしてなにもかもがふっつりと消えてしまいました。










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