第6話 マミ

 しゃなりしゃなり、としなをつくって、女王さまのような豪奢ごうしゃなピンクのドレスを着た小さな女の子が歩いてくるところでした。

 髪の毛は結いあげ、ビーズの髪飾りを巻きつけています。お気に入りのおもちゃのティアラをつけています。


「マミ!」


 かっちゃんは腰を抜かすほど驚いて叫びました。


「マミちゃん!」


 たけちゃんも驚いて声を出しました。

 あんな格好をしていますが、あれはどう見ても妹のマミです。一体、どうしたのでしょう?


「無礼な! 王妃であるわらわになんという口を!」


 マミが誇り高く言い放ちました。

 わらわ。

 まるで大人のような口ぶりです。どうしてしまったのでしょう?


「……一目見た瞬間にこの美しさに魅せられ、矢も盾もたまらず我が妃としたマミ。だがまさか、お前のような男がこのマミの兄だとはな」


 王さまがマミとかっちゃんを見比べて冷たく言いました。


「あなた。あの男は私の兄ではございません。私には兄などいないのですわ」


 王さまの傍らに立ち、マミがツン、とした様子で答えました。

 直後に、マミはかっちゃんの方をちらりと見てほくそ笑みました。

 あっ、あの笑みです。

 最後のお菓子のひとつをかっちゃんから、奪ったときに浮かべるあの笑み。

 なんと憎らしい顔でしょう!


「マミ、お前何してんだよ!」


 かっちゃんが言いましたが、マミはそっぽを向いたままです。


「妃はお前を兄とは認めぬ。お前は妹に捨てられたのだ。妃のことをないがしろにしたお前に同情の余地はない」


 王さまは長い舌を何度もちろちろと出しました。


「妃は悪気があったわけではない。お前の宝物を綺麗に飾りつけようと思ったのだ。そして、妃はお前に謝ろうとしたのだ。怒ったお前に謝るつもりで追いかけた妃に、お前は聞く耳を持たず、それどころか逃げ出した。妃は深く傷ついたのだ」


 かっちゃんは、ハッとして脇に抱えたままの黄色い缶を見ました。

 マミのビーズで絡まってしまった、宝物の数々。あのとき、かっちゃんはカッとなってマミの髪の毛を引っ張りました。マミが泣くばかりで更にかっちゃんはカッとなり、家を飛び出したのでした。


「我が愛しの妃、マミよ。この男の刑はお前が決めると良い」


 王さまは隣のマミに優しく言いました。


「では、『ふわふわの刑』に」


 マミが悪魔のような微笑みで答えました。


 『ふわふわの刑』?

 なんだか痛くなさそうな刑です。

 でもマミのことです。とても恐ろしい刑に違いありません。


「被告を有罪とする! 王妃さまの言うとおり、刑は『ふわふわの刑』に!」


 アリジゴクの判事が判決を言い渡しました。


『あかん。かっちゃん、オレらもう、アウトや』


 血の気のひいた顔で、たけちゃんがかっちゃんにささやきました。

 先ほどの女兵士のアリたちがじりじりとかっちゃんたちに近づいてくるところでした。

 アリたちがかっちゃんたちの腕を捕まえようとしました。


「あっ!」


 たけちゃんの腕を掴んだアリが、悲鳴をあげてたけちゃんから飛びさすりました。


「こやつ……! 聖なる葉を食べたようです。近づけません」

「なんだと? 子どもの分際で、あの忌まわしき魔の植物を食べたと申すのか?」


 おおお、と周りの虫たちがどよめき、たけちゃんから離れました。

 パセリ、といくつかの虫が小声で言ったのが聞こえました。


「なら、構わん! そっちの者は捨て置け。被告を捕らえろ」


 アリジゴク判事の声にアリたちがかっちゃんに飛びかかりました。

 アリに捕らえられたかっちゃんは、あれ、という目で見てくるたけちゃんと目が合いました。


「かっちゃん……パセリ、食べへんかったん……?」


 ああ、なんということでしょう!

 かっちゃんは後悔しました。

 パセリにこんな力があるなんて思ってもみませんでした。

 たけちゃんのおじいちゃんにパセリを口に放り込まれ、我慢して食べるときもあるのです。

 どうしてこの日に限って、かっちゃんはパセリを食べなかったのでしょう?


「オーホホホホホホホホホホホホ……」


 マミが高笑いしました。

 かっちゃんは悔しくてたまらず、マミに仕返ししたくなりました。

 かっちゃんは、無我夢中でアリたちを振り払い、黄色の缶を開けました。

 中から、数々の生き物の脱皮した皮と絡まったマミのビーズのネックレスを取り出しました。


「マミ!」


 かっちゃんはマミに向けてネックレスをかかげました。

 マミの顔色がサッと変わりました。

 かっちゃんはネックレスを引っ張りました。

 弱くなっていたゴムの糸は、かっちゃんの手により、引き千切れました。

 バラバラバラ、とビーズが飛び散りました。


「ぎゃああああああああああ……!」


 耳をつんざくようなマミの悲鳴が響きわたりました。

 同時に地底のトンネルが揺れ出しました。


「妃よ! 大人しくするのだ! お主の声でトンネルが崩れてしまう!」


 王さまが叱りつけましたが、マミは黙ろうとしません。

 マミはああなってからが長いのです。

 かっちゃんは知っていました。


「やった、今や! かっちゃん、逃げよう!」


 たけちゃんがかっちゃんの手を取って先に走り出しました。パセリの加護を受けた、たけちゃんを虫たちは避けていきます。スムーズに道が出来ました。


「逃すな! 追え!」


 後ろからウマオイ検事とアリジゴク判事の声が追いかけてきます。

 かっちゃんとたけちゃんは振り返らずに走りました。


 前にカマキリが立ちはだかりました。

 巨大なカマを振り上げて、逆三角形の顔でこちらを見下ろします。丸い目がキョロッとかっちゃんをとらえました。

 かっちゃんとたけちゃんは立ち止まり、息を呑みました。

 そのとき、天井からパラパラと土が降ってきました。


「あっ、崩れる」


 たけちゃんがつぶやいた瞬間。

 一気に天井が落ちました。

 あたりは真っ暗になりました。

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