第5話 王様
アリたちはトンネルを抜けて、かっちゃんたちを大きな部屋へと連れて行きました。
女兵士たちの上から下ろされると、かっちゃんは自分とたけちゃんがたくさんの目で見つめられていることに気がつきました。
いろいろな生きものがこちらを見ていました。
カメムシ、テントウムシ、オケラ、タマムシ、ハンミョウ、トノサマバッタ、オンブバッタ……。
そのどれもが自分と同じくらいの体の大きさでした。
もしかして、僕の体が小さくなったのかな、とかっちゃんは思いました。
「王さまのおなーりー!」
べにいろをしたカミキリムシが大声でさけびました。
自分たちを見ていたほかの虫たちがあわてて反対の方を向きました。かっちゃんもつられてそちらを見ました。
すー、すー……。
何かが静かに地面を
大きなヘビでした。
全身まっ白なうろこでおおわれ、瞳はまっ赤。
口先から
すいーっと、ヘビが背を伸ばしかっちゃんたちを見下ろしました。
かっちゃんとたけちゃんはあまりの迫力に声も出せず、息をするので
「お前か。数々の家臣たちの命を奪い、
冬の木枯らしのような冷たい乾いた声でした。その声だけでかっちゃんたちはふるえあがりました。
「お前たちの罪をこれから裁く裁判を行う。己が犯した罪の深さを思い知るがいい。……裁判官!」
ヘビがななめ下を見下ろすと、本を抱えたアリジゴクがずずい、と前に出てきました。
「開廷!」
ざざっと、周りの虫たちが下がり、かっちゃんの目の前に大きな広場が出来ました。
かっちゃんとたけちゃんは広場の中央に追いやられてしまいました。
「被告、
続いて前に出てきた、ウマオイの声が朗々と響き渡りました。
突然の事でしたが、かっちゃんはそれら全部に心当たりがありました。
今までに自分が死なせてしまった生き物たちの末路だったからです。
「何が起こってんねん」
たけちゃんがつぶやきました。かっちゃんにも訳がわかりません。でも、このままでは自分が大変なことになってしまう、ということは分かりました。
「罪を認めますか?」
ウマオイがかっちゃんに聞きます。
「ちょっと待てや!」
たけちゃんがかっちゃんの前に立ちはだかりました。
「これが裁判かい! 笑わせんなや。弁護士も居らんやろうが! どないなってんねん!」
たけちゃんは怒鳴ってから、かっちゃんを振り向きました。
「ええか。かっちゃん。した、て認めたらあかんで。否認するんや」
「ええ? 嘘ついていいの?」
「ええんや。自分を守るために嘘をつく権利があるんや。そうせな、死刑になってまうで」
たけちゃんは、サスペンスドラマが好きなたけちゃんのお母さんとよくテレビを見ています。
「弁護士をよこせや!」
虫たちを見回してたけちゃんが言います。
「弁護士なぞ、居らん! 」
アリジゴクが答えました。
「じゃあ、オレがかっちゃんの弁護士になったる!ええな!」
「なんだ、貴様は」
「かっちゃんの友達や!」
かっちゃんは大きな声で答えるたけちゃんの背中がたくましく見えました。
「ふん、まあいい。さっさと、始めるぞ。……検事!」
「はい。第一の罪、アオガエル、スザンヌの子供たち、ケニー、ロレッタ、ジュディス、ミーシャ、タバサ、ダニエラ、エステラ、フィリップ、クレアラ……」
ウマオイ検事が読み上げる中、かっちゃんとたけちゃんはこそこそと話し合いました。――
『なんでそんなことなったん?』
『オタマジャクシを捕まえて、金魚すくいの袋に入れたまま、車の上に置いといたんだ。後で放すつもりだったけど忘れちゃって……いい天気の日だったから、あったまって湯になっちゃって気付いたらみんな死んでた』
『なんで忘れたかっちゅう理由を話すんや。ジョウジョウシャクリョウを狙うんや』
『ジョウジョウシャクリョウ?』
『そうなったのにはそれなりの理由があったんやな、って思ってもらうんや。罪を軽くしてもらうんや』――
「……エミリー、ステファン、デイヴィットの計二十九匹を死なせた件について」
「それについては理由があるんや!」
たけちゃんがアリジゴク判事に言いました。
たけちゃんに促され、かっちゃんは前に出ました。
「オタマジャクシたちのことは後で放すつもりでした。そのつもりで、車のボンネットの上に置いといたのです。そしたら、農協の前でカブトムシの幼虫を配ってるって友達が教えにきてくれて。早い者勝ちだそうだから、あわてて自転車に乗ってもらいに行ったのです」
『かっちゃん……おばあちゃんが危篤とかそういう風に言うたら良かったのに……』
後ろでたけちゃんが小声で言いましたが、もう間に合いません。
「家に帰ってきたら、もうみんな死んでいました」
「なんという」
ウマオイ検事が大袈裟にため息をついて、首を振りました。
『それが次の犯罪につながったのだな。カブトムシのアレクサンドルを襲った悲劇に』
かっちゃんとたけちゃんは顔を見合わせました。たけちゃんもよく知っている出来事でした。
「あれは事故や!そんなつもりやなかったんや。オレがかっちゃんにカブトムシを見せて、って言うたんや」
カブトムシがさなぎになったころ、家に遊びに来たたけちゃんに言われて、かっちゃんはスコップで土を入れた水槽を掘ったのでした。
運悪く、最初のスコップのひと掘りがちょうどカブトムシの胴体を切断したのでした。
「あれはかわいそうなことをしてもうた。オレらもショックで泣いたんや。お墓つくって埋めた」
「それでアレクサンドルの無念が晴れるというのか? ……お前も共謀罪に問うぞ! 大人しくアレクサンドルの羽化を待っていればいいものを」
ウマオイ検事の言葉にたけちゃんはぐう、と詰まりました。
「そして、次にはモグラのフランソワ大尉の件」
「フランソワ大尉だと?」
アリジゴク判事の後ろにいた、ヘビの王さまが声を出しました。
「なんと。先の第4次地底大戦の英雄が……引退して余生を穏やかに過ごすと笑っていたあのフランソワが……この者の手によって命を落としたと申すのか……?」
「ええ、王さま。あの国民の英雄フランソワ大尉がこやつめによって喪われたのです」
へびの王さまが怒りを込めた目でかっちゃんとたけちゃんを見ました。
二人はその恐ろしい目に震えあがりました。
『えらいこっちゃ。あのモグラ、そんな大層なおっさんやったんや』
『どうしよう、たけちゃん』
かっちゃんと握っているたけちゃんの手は震えていましたが、たけちゃんは意を決したようにかっちゃんの手を握りしめ、ヘビの王さまを見上げました。
「フランス……なんとかという方を殺してしもうたことはごめんなさい。でも、わざとやないんです。オレ……僕たちはフランスさんを飼おうとしたのです。死なせようとは思ってへんかったんです。しっかりエサやって、可愛がろうと思っとったんです」
かっちゃんも続いて言いました。
「そうなんです。ちゃんとたけちゃんとミミズを捕まえて、エサをやろうと決めたのです。二人で二十匹以上、捕まえてバケツに放り込んだのです。でも、僕たち、モグラがもっともっとミミズを食べるなんて思ってもなくて……」
かっちゃんは思い出しました。
次の日の朝、土を入れたバケツを覗き込むと、死んだモグラが表面に横たわっていました。後で図鑑で調べると、モグラというのは一日に百匹以上のミミズを食べることを知りました。
死んだモグラのその毛並みは息をのむほど美しく、気高ささえ感じました。
そのように感じたのは、やはりあのモグラが素晴らしい兵士だったからに違いありません。
「なんたるや。なんと哀れなフランソワよ。あやつの死に場所は戦場であるべきだった。子供の手によってよもやそんな場所で非業の死を遂げるとは。まさか、そんなことがあってはならぬものを……」
へびの王さまの目に涙が光りました。
かっちゃんの胸に苦い思いが込み上げました。本当にモグラのことは大切にしようと思っていたのです。たけちゃんと名前まで考えていたのです。
「許せぬ。許すまじ」
ヘビの王さまがかっちゃんを睨みつけました。
「で、でもちょっと待ってください。ホンマはあのフランスさんは殺されるはずやったんです。それを、オレ……僕らが助けたんです」
たけちゃんがあわてて言いました。
「なんだと?」
「ホンマです。あのフランスさんを罠にかけて捕まえたんはオ……僕のじいちゃんです。フランスさんが畑を穴ボコだらけにするもんで、メロンが枯れてもうた、言うて。捕まえて殺そうとしたじいちゃんから僕らが飼う、て言うてフランスさんを助け出したんです」
本当でした。
罠にかかったモグラを見せてもらったかっちゃんとたけちゃんは、初めて見たモグラに興奮しました。
とても可愛かったからです。
「なんと! お主の祖父がフランソワを罠にかけたというのか? うぬう、家族ぐるみでフランソワを傷つけおって……。お前のことも、そいつと同罪とみなす!」
ウマオイ検事がわめきました。
かえって火に油を注いでしまったようです。
よほどフランソワ大尉というモグラは、この国の者たちにとって大切な存在だったのでしょう。
虫たちも騒ぎ方も尋常ではありません。ハチもいましたけど、本当に蜂の巣をつついたような有様です。
ウマオイ検事がますます大きく声を張り上げました。
「続いて述べます。アキアカネ一族の大量虐殺の件ですが。総勢、三十六匹の尊い命がこの者の手によって奪われました。この男の行為は非情で理解に苦しむものであり、有罪は確定だと思われます。水死させられたアキアカネ一族の名をここに読み上げます。フランキー、アリス、ピエール、ナターシャ、ナボコフ、リース、ダイアナ、シャルロッテ……」
「あ、あれは」
かっちゃんは無我夢中で言いました。
「あれは、僕のせいではありません。妹のマミのせいです!」
大量のトンボを虫取り網で捕まえていた最中のかっちゃんの脚にマミが抱きついたのです。
「妹のせいで僕は転んで……その時に網が水たまりに落ちたのです」
転んだかっちゃんの手から離れた網は大きな水たまりに落ちてしまい、中に入っていたトンボは全滅してしまったのです。
「聞いたんかい! スイーッチョンのおっさん! 事故や。事故やったんや!」
たけちゃんも必死の声で訴えました。
「そうです! マミがあんなことしなければ、トンボは死ななかったのです!」
「……なんと。お前の妹のせいにするか」
ウマオイ検事ではなく、アリジゴク判事の後ろの王さまが低い声で言いました。
かっちゃんは何故か背中に冷たいものが走りました。
「
かっちゃんは耳を疑いました。
今、王さまはなんと言ったのでしょう。
たけちゃんが、あ、と声をあげました。
かっちゃんは息をするのも忘れて、王さまの後ろから歩いてくる女の子を凝視しました。
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