登録者数:9026 真字野マオVS真字野マオ
これまで、実写とのリアルタイム合成という技術的な問題で、魔王は生放送を控えてきた。
魔王はCGモデルを必要としないバーチューバーだ。
だが、それは同時に、CGとしての強みも持っていないことを意味していた。
非実在性青少年のような二律背反を抱えた彼女だからこそ、真字野マオとしてやってこられたし、問題を抱えている。
にゃむろPは突貫工事で準備を整え、なんとか彼女と、そしてもうひとりの真字野マオ──鷺沢ムミカとのマッチングを成功させる。
魔王側の背景をすべてクロマキーにして、相手側のステージに依存する。
現実のライブなどでしばしば行われる、CGと実写の共存方法。
かなりめちゃくちゃで、バーチューバーとしては型破りであったが、これによって魔王は問題をクリアーした。
そんな彼女に、にゃむろPは言う。
「いいですか、魔王さん。いうなればあなたは、これから敵地に乗り込むことになります。いまの鷺沢さんは、私などより数段上の技術を持っていますから、もしテクノロジーの戦いになれば、あなたを助けることができないかもしれません」
「だいじょうぶだよ、にゃむろ。我には魔法がある」
「……あの、蛍火ですか……確かに目新しいものだとは思いますが、あの程度では……」
「ううん、違うよ、にゃむろ」
(もっと素敵で無敵なやつを、我は心のなかに持っているから)
「それでね、にゃむろ。たぶん正面からやりあっても、我、踏んできた場数が違うから、ムミカさんには勝てないとおもんだ」
「はい」
「なので……ごにょごにょ」
「は? どうして私が、そんな──」
「いいから、お願いだよヌメロンフォース!」
「にゃむろPです、覚えてください」
「我を哀れだともうなら、協力してよー! あー、こんないたいけな美少女魔王の頼みが聞けないなんて、にゃむろは鬼畜だなぁー、ナチュラルボーンサイコパスだなぁー」
「…………」
「さあ、もう時間でしょ? そんな顔しないで、準備準備!」
空元気のようにふるまう魔王を、にゃむろPは不安げな顔で見つめる。
その不安を吹き飛ばすように、彼女はことさら笑い。
そして魔王は、自分がやるべきことを考えるのだった。
§§
「お゛はよー! 定命の者たちー! 我だよー! 魔王系バーチャルYouTuberの真字野マオだよ! 今日はなんと我に、不敵にも挑戦してきたおバカさんがいまーす! あわれー、あわれすぎて笑っちゃうね!」
ライブ配信が始まると、配信主の真字野マオ──鷺沢ムミカは。
挑発的な笑みを浮かべ、今回の配信の趣旨を説明する。
すでにWEBの掲示板やまとめ記事などに、情報はこれでもかと出回っていた。
急成長を始めたバーチューバー、真字野マオ。
その名を騙るふたりのバーチューバーが、真偽を問うためコラボするというふれこみは、刺激を求めるユーザーたちの興味を、大いに惹いた。
結果、このライブ配信には、とんでもない数の視聴者が押し寄せていた。
コメント欄は、ヤジやスラング、アンチにファンが入り乱れ、収拾がつかないありさまだった。
▷声が変わる前のマオちゃんが好き
▷声変わりしたほうが美人だろ、いい加減にしろ!
▷どっちがどっち?
▷もうはじまた?
▷新しいマオちゃんがんがえー!
▷魔王はわしが育てた
そんなコメント欄をVRゴーグル越しに確認しながら、ムミカは暗く嗤う。
自分のほうが、味方を多くつけていると確信したからだ。
彼女は本物の真字野マオを呼び出す前に、事情を簡単に説明してみせる。
「諸事情があって、我の喉の精霊さんが入れ替わったんですがー、なんかいちゃもん付けられちゃって……我、かなしい。しくしく。で、ニセモノさんはニセモノさんで、身の程知らずにも我に挑戦しくって、今日に至るのです。定命の者たちー! もちろんみんなは、我を応援してくれるよねー?」
うるんだ眼のエフェクトを追加し。
彼女がそう訴えかければ、コメント欄は大きくわいた。
▷もちのろん
▷残当
▷過去の栄光にしがみつく老害マジ害悪
▷マオちゃんマジ天使!
▷粉砕!玉砕!大喝采! そんなクズはマインドクラッシュされて、どうぞ
嗤う。
ムミカは勝利を確信し、嗤う。
ここは完全に、彼女のホームグラウンドだった。
「じゃあ、出てきてもらいましょう! 我の偽物──旧・真字野マオさんでーす!」
完全なアウェイ。
これ以上なく不利な舞台。
だけれどそこに。
魔王は、登壇する。
「お゙はようございまぁぁーす!」
「ッ!?」
その場で誰よりも早く。
ムミカだけが、その挨拶の正体に気が付いた。
さえぎろうとしたが、間に合わない。
「ハロー、定命の者たち! バーチャルユーチューバーの真字野マオだよ! 初めましての方は初めまして! そうじゃない人は──いませ~ん! だって、我はみんなと、いままで歩んできたんだもん!」
コメントがざわめく。
最古参と思われファンのアカウントが、言葉にならないコメントを量産する。
なぜならその文言は、この世界に真字野マオが生まれ落ちた瞬間に作られたアイサツ。
そのアレンジ。
完全な敵地で、魔王はそれを、ぶちかましてきたのである。
「────」
「────」
二人がいま、激突する。
先に口をひらいたのは、ムミカだった。
「太った?」
「ふとってませーん! ちょっと胸とおしりが大きくなっただけ! 我のウエストはそのままだから! うやああああ、いや、マジで太ってないからね?」
「…………」
CGが更新されたのかと、ムミカは疑う。
だが、魔王が実物であるというところまでは、さすがに思い至らない。
更新してきたのなら、なにを仕掛けてくるつもりかとムミカがいぶかしんでいるうちに、魔王は逆に問うていた。
「それで、我を騙るあなたは、なにをしたいんですか? 我の代わりに、バーチューバーをやりたいとか?」
「はっ……! 降板された分際で、我に向かってよくそんな口が利けますね! 本物になった我に嫉妬しているのは、貴様のほうでしょう!」
「…………」
「なんですか、それ。変な顔しないでください。無駄にスクリプトくんじゃって……さあ、挑戦者さん、どうやって我と貴様の優劣をつけるのですか? コメントは、我が優勢みたいですが?」
事実、コメント欄はムミカを応援している声が、いまだに多かった。
魔王は即答しない。
ただ、悲しそうな顔でムミカを見つめて。
「……ならば! お互いの得意分野で勝負しましょう」
そう、言い放った。
勝ったと。ムミカは、完全に確信した。
彼女は知っている、プロデューサーを通して、この本物が、なにひとつとりえのない存在だと知っている。
出来ることはせいぜい、火の玉を出すことぐらいらしい。
だから、勝ったと思った。
そして、笑いながら宣告する。
「だったら、先攻は我がもらいますよ! さあ、定命の者たち! 今日のあなたたちはさいわいです! なにせ我の──ガチ歌が聞けますからねー!!!」
▷おおおおおおおお
▷マジかよ、録音しなきゃ……
▷生歌最高!
▷現代のスーザン・ボイル
▷ステータスを歌声だけに極振りしたバーチューバー
加速するコメント欄の熱に浮かされて、ムミカは歌う。
曲名は木星を表すもの。
アカペラでこそあったが、それは聞く者の心を震わせる、恐ろしいほどの歌唱力に立脚した歌声だった。
「エーブリデーイ、アイリッスントゥーマイハ」
そうだと、彼女は思う。
「ひとりじゃ、なーい」
自分は、一人ではなくなるのだ。
この、目の前の自分を打ち倒して。
彼を──プロデューサーを取り戻して──
「……?」
そんな思考にうかされていたから。
熱唱していたから。
彼女は、気が付くのが遅れた。
魔王が始めた、その逆転の一撃に──
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