登録者数:9025 にゃむろPと独りのバーチューバー

「ハロー、定命の者たちー! 世界で唯一の体当たり系魔王バーチューバー真字野マオとは──待てよ、本当に我か……? うむ、もちろん我だ! というわけで、今日は我の新技を披露するっぽいぜー!」


 大きく両手を振り上げ、あいさつを終えた魔王。

 彼女は軽く咳払いすると、口を閉ざし。

 声も出さずに、パクパクと動かし始めた。


「あれれ? 声が、遅れて、聞こえるよ……?」


 いっこく堂の物まねだった。


「──って、編集の匙加減やないかーい! って思うでしょ! 思ったでしょいま!? 定命のみんな、絶対思ったっしょ!? でも我、これすっごく練習したから! 一日20分みっちり練習したからね、見てこの口元の滑らかな動き! 遅れてくる音声! 別録りじゃねーからこれ!」


 リップの動きは、確かになめらかで、声が発せられたときは閉じている。

 これが並のバーチューバーであれば、唇の動きを認識しているチップマーカーをカットしているのだろうという話になる。

 だが、魔王は完全に生身。

 彼女の努力のたまものだった。


(とはいえ、それが視聴者に伝わるわけもないですからね。あくまでつかみのネタにしつつ、このまま盛り上げなくては……!)


 彼女は必死で、しかしそれを臆面にも出さず笑顔で、撮影を続けていく。

 誰よりも笑顔にしたい人物の、気苦労を少しでも減らすために──


§§


「私のミスです。あなたのCG、その共同開発者に、モデルのデータとスクリプトが入ったPC自体を持ち逃げされました。そして、すでに偽物の真字野マオは、新規の動画をどんどん粗製乱造し、視聴者たちをだまし続けています……このままでは、本当の真字野マオは、魔王さんは活動できなくなるかもしれません……!」


 奥歯をかみしめながら、痛恨といった表情で告げるにゃむろP。

 魔王は、自分の豊満な胸を押さえながら、そんな彼を見ていた。


(どうしてでしょう、にゃむろPがそういう顔をしていると、こう、ぎゅーっと、胸のこの辺が、苦しくなります……これは、初めての感覚です……)


「でも、にゃむろP、我のモデルがあっても我の声がなければ、それは真字野マオじゃないと思うんだ」

「……声優の交代など、よくあったことです。事実、私が以前担当していた彼女は──」

「にゃむろP?」

「私の職業はプロデューサーだと言いましたね。そして、担当は鷺沢だとも」

「そこまでは、聞いてなかった気がする」

「では、いま、告げます」


 彼は一呼吸大きく息を吸って。

 言った。


「私はかつて、鷺沢ムミカというバーチューバーのプロデューサーをしていました。そして……そして、彼女を成功させてあげることが、できませんでした。大口をたたいて彼女とデビューして……いっときなど、あのキズナ・ムスビに彼女は迫って見せたというのに……私は、彼女を大成させてあげることができませんでした。CGモデルに、規約上の問題が発生して、その修正をしている間に、炎上してしまい……」

「炎上……」

「修正を優先して、謝罪が遅れたのです。そのせいで、彼女は──」


(ああ、だからこの人は、あんなにも規約やルールに、厳しかったのか。初手謝罪も、経験則の……)


「結果、彼女は失意のうちに、姿を消して。バーチューバーの、姿を失って……」

「ひょっとして、にゃむろP……その、我のモデルの共同開発者って……」


 魔王は問う。

 危機に陥るほど、そして察しないほうがいい状況ほど、彼女の勘は鋭くなるのだから。


「はい、ムミカさんが、その開発者で。そして、今回あなたのモデルを窃盗した犯人です。彼女はあなたの名を騙り、自らの声をあてることで、バーチューバーとして返り咲こうとしているのです」


(あー、なるほど)

(我の胸でずっとぐじゅぐじゅしていたこの気持ちは)

(つまり)


「そいつを叩きのめしたいという、闘志だったのですねっ!!!」

「──は?」


 呆気にとられたように、目を丸くするにゃむろPへ、魔王はその赤い瞳を炎と燃やしながら熱く語る。


「これはつまり宣戦布告ですよ……! 我の姿を借りて、我に挑んでくる! 魔王VS魔王! くぅううううう、燃えるじゃないですか! ニートニアには、勇者ぐらいしか我が本気で戦える相手はいませんでしたが、ここでは違います。バーチューバーとして、本気で戦える相手が、目の前にいるわけですねッ!」

「……その、まるで自分が一流のバーチューバーみたいに表現するのは、どうかと──」

「五人そろって四天王さんとも仲良くなれた我です! きっと──きっとその人とも勝負の暁には、仲良くなれるはずです!」

「──!」

「だって、バーチューバーはこんなに楽しいんですよ? そんなところに、恨みだとか、打算だとか、そんなつまらないものを持ち込むだなんて、我にはできません。だから、正面切っての戦いです!」


(正直、勝てる気はしないですが。にゃむろが言っている通りなら、相手は一度、頂点に手をかけた凄腕のバーチューバーです。対して我は、底辺も底辺。いまやっと、クライミングの第一歩、とっかかりをつかんだばかり……)

(それでも!)

(魔王には、負けられない戦いがあるのです!)


「なのでにゃむろP、一生に一度のお願いがあります」

「……聞きましょう」

「我に」


 魔王は。

 否──バーチャルYouTuber真字野マオは、決意とともに、こう言い放ったのだった。


「我に、ムミカさんと戦う舞台を、作ってください!」

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