第四章 ひたむきに、前向きに!
登録者数:9024 無断転載されちゃいましたか!?
「え……?」
早朝、ようやく解禁された動画の再生数チェック。
そして、チャンネル登録者数チェックをしていた魔王は、驚愕に慄いた。
寝ぼけまなこをこすって見直し、彼女は言葉を失った。
(なんか……登録者数めっちゃ増えてるんですが!!!)
前日比の倍以上。
9000人というこれまで魔王が見たことのない数字が、そこには刻まれていた。
「にゃ、にゃむろに連絡しなきゃ……」
十数分のあいだ惚けていた魔王だったが、さすがにこれが異常だということは理解できた。
現代日本で唯一頼りにできる相手であるにゃむろPに連絡を取ろうとスマホを手にする。
いっぱいメールが来ていた。
(ぜんぶにゃむろPから……?)
(lineじゃなくてメールで?)
(というか、なんでこんないっぱい?)
いくつもの疑問を持ちながら、メールを開く。
▷連絡ください
▷取り急ぎ連絡を取りたいです
▷緊急事態ですので、電話に出てください
▷いまそちらに行けないのですが、とても大変なことになっています。起きていますか、魔王さん?
▷でんわ、でろ
「こっわ!?」
(なにこれ怖い! 最後のとか完全にホラーじゃん! 5チャンネルが2チャンネルだったころのあれじゃん! こ、これが噂のロミオメール……)
戦々恐々とする魔王だったが、最新のメールほどにゃむろPの焦りが文面からにじみ出ており、いやがおうにも現状が緊急を要することを理解することになった。
「で、電話しよう」
これまた唯一覚えているにゃむろPの番号をプッシュしながら、彼女は考える。
(あれかな、また我がなにかやらかして、今度はプチじゃない炎上しちゃったのかな……)
(我だって真面目に生きてるのに……こうやって理不尽に震えて眠るしかないんだ……)
(にゃむろPには迷惑ばっかりかけて……うう……)
(というか、ぜんぶにゃむろPが解決してくれればいいのに……我まで面倒が回ってこなければいいのに……)
ピポパ。
プルルル……プルルル……プツ。
「……あ、にゃむろー? 我、我だけどー、いま起きたところでー」
「無断転載されました」
「──は?」
「やられました、動画の違法コピーです、おまけにこちらのアドレスや登録URLには丁寧にモザイクをかけて……! なりすましまで! つい今しがたまでその対応に追われ、そちらに顔を出せませんでした、すみません魔王さん!」
「や、あ、うん……」
聞いたこともないようなすごい剣幕で言葉を並べられた魔王は、そのほとんどを理解できなかった。
しかし、にゃむろPという男が、いま真剣に怒っているのだということだけは、痛いほどわかった。
魔王には、人の心がわからない。
しかし、このプロデュサーにはなにか報いてやらなければならないと思った。
「えっと、その……にゃむろP?」
「なんでしょうか、まだ戻るまで半日ほどかかりそうなのですが──」
「お疲れさま」
「────」
「それから、ありがとう。あとで話を、我にも教えてね! というわけで、任せるのです!」
「…………はい。では……のちほど」
「うん!」
普段から一定の調子でしか喋らないにゃむろPの声が、わずかにだが確かに上ずっていたことを。
魔王は結局、気が付かないのだった。
§§
「簡単に言うと、YouTube以外のサイトにあなたの動画が無断でアップロードされました。それも、なりすましという形でです」
「なりすまし……」
「無断転載にもいくつか種類があります。ひとつは〝まとめ動画〟と呼ばれる、動画を切り貼りして投稿するもの。文字通り、総集編のようなものです。これは、前提として投稿者と自分が、別のユーザーだと言っているも同然なので、視聴者が勘違いする可能性は低いです」
「…………」
「また、無断転載しながらも善意、あるいは削除対策にURLを明記し、本来の動画へのリンクをつける〝応援動画〟というのもあります。こちらは場合によっては名場面集のようになっており、いいところ編集が入り、元の動画への呼び水にもなります。やはり別人だと明記していることが多いですね」
「……それで」
「今回の転載は、また別のパターン。なりすましです。魔王さん本人だと偽って、赤の他人が、あなたの動画をほかのサイトに投稿したのです」
「それは、問題なんですか?」
魔王の問いかけに、にゃむろPは難しい表情を浮かべた。
「前提として、無断転載は違法行為です。また、サイトの規約に違反する行為です。しかし、現状その多くは見逃されています。なぜでしょうか」
「……宣伝になるから」
「そうです、ゲーム実況のときと同じ効果が得られるからです。ですが、それは公式がお目こぼしをしている場合のみ。なにより公式が、その程度では揺るがない基盤を持っているときです。私たちのような吹けば飛ぶようなバーチャルユーチューバーにとって、これは由々しき事態です。考えてみてもください、ほかのサイトで、別人が投稿した動画がどれだけ再生されようと、魔王さんには一円も収益が入ってこないのですよ」
「ですよね……」
悄然とうなだれる魔王。
言い過ぎたかと、にゃむろPは顔をしかめる。
「魔王さん──いえ、真字野マオとして投稿されたコピー動画。そのほとんどには、既に削除要請を出しました。問題なのは、いくつかの新録動画です」
「新録って……我のCGモデルは存在しないはずじゃ」
「……これは、はっきり言って私の落ち度なのですが……」
にゃむろPは、苦々しい表情で、呻くように、告げた。
「製作中の、未完成な真字野マオCGと、そのスクリプトを──物理的に盗難されました」
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