第三章 体当たり、やってみたり

登録者数:1018-500 模倣から始まる配信生活

「今回の炎上騒ぎ、とりあえずではありますが、延焼を防ぎ、鎮火することができました」

「にゃむろP有能」

「しかし、チャンネル登録者数はおおよそ半減です」

「我無能……」


 しょんぼりうなだれる魔王。

 その背中をさすってやりながら、にゃむろPはこれからの展望を口にする。


「まずは原状回復に努めましょう。すでに謝罪動画は投稿し、Twitterでも謝罪を済ませています。相手の出方次第ですが、これ以上は蛇足でしょう。沈黙は金という言葉もありますし」

「黙ってるとお互い理解しあえないんだよ?」

「理解しあう必要がない場合は、黙るに限ります」

「にゃるほど」

「なので、いままで通りでいいかと」

「……それは、だめですよ、にゃむろP」


 ここで、おや? っと、にゃむろPは首を傾げた。

 この世界に来てからというもの、ずっと気弱な表情だった魔王の顔に、凛としたものが宿っていたからだ。

 彼女は、はっきりとした口調で言う。


「これまで通りじゃなくて、これまでより面白いことをするんです、にゃむろP」

「登録者1億のために?」

「もちろんそれも。でも、500人以上のひとが、我の動画を楽しみにしていくれた。それを理解したら、裏切るなんてありえねーって思ったもん」

「…………」


 魔王の保護者は、そっと口元を隠した。

 わずかに弧を描いていたそれを、隠すように。


「にゃむろP?」

「いえ、あなたの言う通りです、魔王さん。真字野マオは、次なるステージへと進むときが来たようですね」

「うん!」

「というわけで、次回の動画では虫とかを食べていただきます」

「……うん?」


 笑顔のまま首をかしげる魔王。

 至って真剣な面持ちのにゃむろPは、頷きながらこう言った。


「利きドリンクが流行りですから、利きゲテモノをやっていただこうと思っています」

「あれ冗談じゃなかったんですかあああああああああああああああ!?」


 翌日、魔王は地獄の配信に挑むことになるのだった。


§§


「ハロー! 定命の者たちー! ニートニアの魔王こと、もちろん我だよー! 真字野マオ、華麗に復活……! ええっと、利き酒って流行ってるじゃないですかー? でも我、お酒をね、ほら、バーチューバーとしてお勧めするのはどうかと思ってですねぇ……なんと、今日は利きゲテモノやります!」


 そういって、魔王はVRなテーブルのいくつかのお皿を取り出した。

 5つの皿には、すべてモザイクがかけられており、なんか蠢いている。

 それがいい感じにバーチャルっぽく、皿の中身を見せていた。


(ぷぎゅうううううううううう!!? こんなの食べるの我の職掌の範疇じゃないでしょー!? なんで、なん、我、なん……ッ! どうしてこんな虫とかなんとか食べなきゃいけないわけ、ありえないっしょー!)


「ちなみに右から、蜂の子の甘露煮、イナゴの佃煮、タガメの素揚げ、アブラゼミ幼虫の缶詰……カース・マルツゥ……まって、ねぇまって!? この最後の奴だけおかしくない!? なんでこれだけ普通の食品っぽいわけ? この表面がボロボロになってるのはなんで? あと、この、いやああああああああああ!? ぴちぴち飛び跳ねてる、蛆虫はねてるううううううううううううううううう!?」


 カース・マルツゥ。

 別名、蛆虫入りチーズ。

 蛆虫が食べて分解し排泄したチーズだったものを食べる、イタリアの伝統食である。

 なお、輸入制限がかかっているため、手に入れるのは意外と難しい。


(そんなことは問題じゃないでしょう……!? なんでそんな気軽なテロップ出てるんですか……!? うぇお……食べるの、ほんとうに? 我、ついに虫デビュー?)


 スライム食べていたのだから平気でしょう?

 とは、にゃむろPの言葉だが、魔王的には同じではない。

 それでも、ここまで来てしまった以上は食べるしかないのだと、気を引き締める。

 目隠しをして、口を開ける。


『実食!』


 という派手なフォントが表示された。

 実際には画面の外で、緑のタイツに身を包んだにゃむろPが魔王の口元に昆虫食を運んでいる。


「一食目……えっと、あれ……思ったよりいい香りで……金木犀みたいな……あ、これは簡単ですね! タガネの素揚げです!」


 ピンポンピンポン。


「おりゃー! どうだ! 我だってできるんだぞ、どんどんかかって来いよ、おらー!」


 二食目。


「え、甘い……あと、柔らかい。じゅぐっと中身が出てくる感じ……んと……えっと……どっちだろう……たぶん……蜂の子……?」


 ピンポンピンポン。


「おらっしゃー! 我に勝てるものとかー、この世にあんまりないんすよー! 来いよ3食目!」


 そして、魔王は順調に、4食目までを完食した。


(へ、えへへ……我……穢されちゃった……ここまでくれば、もう怖いもんなしですよ、ほんと……でも、あとの残ってるのって……)


 運命の五食目。


「ぐげー!?」


 魔王は、もう乙女が出してはいけないあられもない声でうめいた。


「舌がひりひりしゅる!? 突き刺すような、べったりとした、べっとり? ネトネト? あからさまに身体に悪い味! 具体的に胃! なにこれ、ああああああああああああああああああああ、下の上でびちびちいってる、ジャンプしてるいやああああああああああああああああ」


 泣き叫ぶ魔王。

 無慈悲なテロップが、これはなんですか? と問いかけるが、魔王には答える余裕がない。

 散々のたうち回ったあと(その大部分は、いいリアクションだけ残してカットされた)魔王は、気息奄々としながら、こたえた。


「うじ入りチーズ……」


 ピンポンピンポン。

 おめでとうございます。

 大正解。

 商品として、マオさんにはカース・マルツゥ一年分が贈られます!


「いるか、そんなもんんんんんんんんんん!!!!」


 ぶちぎれした魔王だが、この回がのちに神回として称えられ、チャンネル登録者数が跳ね上がることを、彼女は知らない。

 なんだったら、彼女の路線がいま決定したことも、まだ知らないのだった。

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