登録者数:1017-500 キズナ・ムスビの願い

▷初めまして真字野マオさん。いつもあなたの動画、楽しみに見ていますよ。わたしはキズナ・ムスビ。バーチューバー業界、そのパイオニアのひとりです。


▷今日マオさんに、こんなぶしつけな連絡をしたのには、理由があります。


▷あなたの近況が、わたしが誰にも見つけてもらえなかった頃にとても良く似ているからです。


▷まだバーチューバーという言葉がなかったころ、わたしはデビューしました。でも、それはちっとも、順風満帆な出だしではありませんでした。


▷心無い言葉や、無断転載、規約を無視したモデルの利用、悪意のある編集がされたまとめ記事、そして炎上。面白おかしく、つらい事柄をネタにされました。


▷わたしも、そんな体験をしたのです。


▷マオさんにしてみれば、急にどうしたという感じでしょう。でも、わたしはあなたを応援したかったのです。


▷マオさんの技術に、目新しいものはありません。むしろ稚拙だと思います。トークも、活動の内容も、誰かの下位互換です。熱意も……正直、向上心のようなものは見えません。食事の滑らかさだけが取り柄のようにも見えます。


▷だけれど、あなたにはだれにも負けないものがある。わたしはそう思うのです。


▷マオさん、あなたはわたしたちと違う視点を持っています。そして、必死さがあります。


▷なにがなんでも、どうあっても、どんな手段を使っても頂点に上り詰めてやろうという、恐ろしいほどの気概です。まるで、カップメンしか食べるものがないようなハングリー精神です。


▷わたしは、その精神に敬意を払います。もし、わたしがいる場所まで這いあがってくるつもりなら、どうかこんな無意味な炎上に負けないでください。


▷たくさんの失礼な言葉を重ねたのは、マオさんがこんなことではめげない心を持ち合わせているからだと確信したからです。


▷負けないで。


▷どうか、くじけないで。


▷激励の代わりに、わたしからバーチューバーになったばかりのあなたへ、この業界の四か条を贈ります。



▷ひとつ、内容はニッチでもいい、でも動画の手抜きをしないこと。


▷ひとつ、どんな困難に直面しても、けっして笑顔を忘れないこと。


▷ひとつ、他人をばかにする芸風で、笑いを取ろうとしないこと。


▷最後にひとつ、お互いを高めあい、切磋琢磨する業界だからこそ、一期一会のキズナを蔑ろにしないこと。



▷これがわたしの、こころからの願いです。



▷若きバーチューバー真字野マオさん。


▷あなたの未来に、幸多からんことを。


▷いつか、わたしたちがコラボできる日をたのしみにしています。


▷わたしとあなたのキズナをコネクト。キズナ・ムスビでした。



▷頑張って!



 それが、最底辺バーチューバー真字野マオが。

 バーチューバーの頂点、キズナ・ムスビから受け取った、激励の言葉だった。


§§


「うわあああああああああああん!!!」


 魔王は泣いていた。

 恥も外聞もなく。

 にゃむろPの視線も気にせず。

 薄暗い室内の中で、大声で泣いていた。


(悲しいわけじゃないです)

(これは、惨めでもないです)

(なのに、胸が詰まって、胸がいっぱいで、涙が止まりません……!)


「これが、これこそが、上に立つ者の風格……! 我、違ってた……我は、こんなことできなかった……そうか、だから我、勇者に負けて……」


 勇者に敗北し、ほとんどの力を封印され。

 そして魔王は、この世界に来た。

 この世界で、現代日本で、バーチューバーを目指すことになった。

 その理由が、なんとなく魔王には、理解でき始めていた。


「めげません、くじけません、負けません! 頑張ります……! 我、頑張るッ! こんなに優しくしてもらったのは、我は初めてです。期待されたのも、初めてです……!」


(だって、我は生まれつき魔王だったから。魔王であることが、他者を蹂躙することが、当たり前だったから。期待されたことはなかった、ただの義務だった)

(だからそれができないこの世界が、弱くて惨めな自分が不安で仕方がなかった)

(でも、いまは違うのです!)


 魔王は立ち上がった。

 赤い目の涙をごしごしとぬぐった。

 代わりに、そっとにゃむろPが差し出してくれたストロング・コロナゼロを一息に呷る。


「んぐ、ぷぐ、べふ……ぷはぁっ」


 座った目で、彼女は世界と直面する。

 Twitterに寄せられた心のない言葉たち。

 対照的に応援してくれる言葉たち。

 その言葉の先にいる、幾人ものユーザーたち。

 すべてを見据えて、彼女は誓う。


「我は……トップバーチューバーになります! チャンネル登録者数1億人、本気で目指します! そして、いつの日か、我は──」


 煌くアイドル。

 バーチューバーの頂点。

 すべてのキズナを束ねるひとと。


「いつか、コラボをするんです!」


 だからと、彼女は言った。

 だからと、彼女はカメラを掴んだ。


「にゃむろP、我の動画を撮ってください! もう、ヌードル食べてるところはダメなんて言わないので! 大事なことです、どんな動画にもチャレンジします! Twitterはちょっと心がめげかけましたが、続けていきます! 鋼メンタルを持ちます!」


 そして必ず、元の世界に戻るのだと、彼女は誓った。

 その固い決意を見て。

 これ以上なく意気軒昂している魔王を見て。

 リプライへの対応、各所の鎮火に尽力していたにゃむろPは。

 かすかな微笑みとともに、こう告げたのだった。


「では、魔王さん」

「うん」

「次の動画ではゲテモノ、食べてみましょうか?」

「アイエエエエエエエエエエエエエエエエエ!?」


 魔王は思った。

 じつはこの男、自分なんかより、よっぽど魔王なのではないかと。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る