登録者数:1016-500 初手謝罪は基本

「まず謝ってください」

「は?」

「誰が悪かろうが、どんな理由で炎上していようが、真っ先に謝ったものが勝ちです。初手謝罪以上に、効果的な鎮火方法はありません」


 にゃむろPは、厳かな表情でそう語った。

 そもそも、魔王のTwitterが炎上したのは、ほんの些細な理由からであった。

 キズナ・ムスビの動画を真似できないと、魔王はつぶやいた。

 それがキズナファンの目に留まり、さすが親分は違うという話になった。


「それが気に食わなかったキズナアンチが、あなたのツイートを巻き込んで無駄な論争を引き起こし、結果として炎上しているのです」

「アンチって、なに?」

「簡単に言えばファンの逆、フーリガンのように、やることなすこと気に食わないという輩のことです」

「それに、我が目をつけられたと?」

「いえ、魔王さんは眼中にすらないでしょう。単純に巻き込まれて炎上を広げる薪のひとつになっているだけです」


(え……なにそれ……無駄に迷惑なんだけど……っていうか、チェックしたらチャンネル登録者数すごい減ってる!? うわぁ迷惑ぅぅぅ!)


「そういう訳で、謝ってください」

「どーゆーわけで!? なんで!? 我、悪くないんでしょ!?」

「悪くないから初手謝罪なんです」


(どういうこと?)

(悪くないから謝る?)

(意味が分からないですよ……)


 魔王が訝し気に訊ねると、にゃむろPは難しい表情で頷いた。


「郷に入っては郷に従え。魔王さんの世界ではありえない考え方かもしれませんが、日本社会においては、誠意というよくわからないものが優先されます」

「聖衣?」

「いえ、鎧とかではなく、いかに頭を下げるかということです。そして、ほとんどの場合、相手が自分の言い分を口にする前に、先回りしてこちらの問題点と、その対策──そして相手側の悪かった点を姿勢低く、謝りながら丁寧に説明すれば、多くの意見を同情的に受け取りつつ、相手の罵倒を封殺することができます」


(ちょっとなに言ってるかわからないですね……かみ砕いて説明してくれないかな、にゃむろP……)


「わからないといった様子なのでかみ砕くと」

「すぐひとの心よむー!」

「顔に出過ぎなんですよ、魔王さんは。簡単に言えば、ツイッターに限らずネットという環境では、最初に目にした情報を、人は真実だと信じがちなのです。つまり、あなたが誰よりも早く謝罪すれば、それが真実になります」

「なにその、魔法みたいなの」

「謝罪のあとは、数日おとなしく、粛々と対応しましょう。リプライがヤマのように飛んでくるでしょうが、それは私が、責任をもって対応します。無視してください」

「でも、誠実な対応って……」

「いいですか、魔王さん」


 彼は、これ以上なくまっすぐな目つきで魔王を見て。

 吐き出すように告げた。


「あなたの味方として私がいるように、相手の味方だって存在します。どんなアンチでも、同調する者はいます。下手な反論は、それを焚きつける材料でしかないんです。今回あなたに非はありません。なので、安心して謝罪してください」


 話はこれで終わりだと言わんばかりに、彼はPCへと向き合ってしまった。

 魔王はしばらくどうしたらいいかわからなかったが。


 グ~……


 お腹が鳴ったので、ヌードルを食べることにした。


§§


「ハロー! 定命の者たち! おはよー! 今日は我、謝ることがあるのです。それは、この前のTwitterでのことで──」


 そうして魔王は、にゃむろPから渡された原稿のとおり謝罪をした。

 それでも炎上はしばらくおさまらなかった。

 魔王の元には、


▷2番煎じ!

▷魔王とか中二病乙! くそだせぇ

▷どうせ中身はおっさん童貞なんでしょ

▷謝り方が下手、小学生かよ


 と、心無いコメントが続いた。

 一方で、


▷マオさんは悪くないです!

▷応援してます、頑張ってください!

▷いろいろ言うやつはいるから

▷スルースキルを高めるのじゃ……


 など、好意的な意見も多く寄せられた。


(魔王として力を持っていたときは、口うるさい奴なんて殴りつけて黙らせればいいと我は思っていました。生意気な奴なんて、消し炭にしてしまえばいいと。でも、それは力があって、暴力が許される世界だったから、できたことなんですね)

(にゃむろPの言ったとおりです。我の味方もいるし、我を悪くいうひとの味方もいる)

(それって、だれしも自分だけの意見を持っているってことなんですね。この世界では、アイデンティティが、本当に大事にされているんです)

(我……考えたこともなかった……部下たちのこととか……我に蹂躙される世界とか……勇者のこととか……)


 動画のコメントを見ながら、彼女はいろいろ考えた。

 考えた末に、胸を押さえてうずくまった。


「……苦しいですね……かなしいですね……我……とても、なんだか胸が、ぎゅっとします……大声を出したいのに、声も出せない……そんなつらさです……これが、炎上……これが、誰かの意見に耳を傾けるということ……我は、我は……」


 ピーン!


 大いに懊悩する魔王。

 そんな彼女のもとに、一件のDMが届いたのは、そんな炎上騒ぎの渦中だった。

 差出人の前を見て、彼女は絶句する。

 なぜなら、その相手は──


「な──なんでキズナ・ムスビさんからダイレクトメールが!?」


 それは女帝。

 バーチューバーの頂点に立つ人物からの、まっすぐなメールだった。

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