登録者数:1015 魔法は一発芸にはいりますか?
「面白い動画……面白い動画……うぅ……思いつきませんね……」
ネタ出しに完全に詰まった魔王は、ネットサーフィンを始めた。
(もちろん参考にするのは……諸先輩方の動画……!)
ポチポチとクリックして、最初に開いた動画は、この業界のパイオニア──バーチャルYouTuberという名称を生み出した存在の動画だった。
「わたしとあなたのキズナをコネクト! はーい、キズナ・ムスビです! みんなー、元気ですかー!」
この三年間。
ただの一日も休むことなく毎日動画を投稿し続けている、バーチューバー。
自分はAIであり、いまいる空間からは出ることができないという
あるいは、五人そろって四天王、その女帝とも。
「ムスビがデビューしたころは、バーチューバほんと少なくて、注目されるまで時間がかかったの。でもいまは、こんなにお友達が増えて、ムスビ嬉しいなって! 嬉しいと言えば、こんどねんどろいどプチで、ムスビのフィギュアがでることが決まりました! わー! ぱちぱち!」
キズナ・ムスビは花のある笑顔で笑って、そうしてこう言った。
「というわけで! 今日はお祝いにムスビが一曲披露します! 曲名は──アメイジンググレイス!」
(アメイジンググレイス……素晴らしき恵み……そっか、親分は、視聴者にとっての、そーゆーものなんだ)
澄み渡った歌声を聞きながら、自然にその内容が素敵だと、真似できないとツイートしながら、魔王は考える。
(面白い動画って、笑える動画だけじゃないんだ。心に訴えかける、琴線を揺らせるものが、面白い動画なんですね。たとえば──)
彼女は次の動画を再生する。
「お゛はよー! こんにちわー! こんばんはー! あさだよーおきてー!」
どこか魔王と方向性が同じ四天王のひとり、
「ちょっと聞いてくださいよ、サンちゃんー、この間スタバに行ったの! そしたら前のお客さんがトゥーゴーパーソナルリストレットベンティツーパーセントアドエクストラソイエクストラチョコレートエクストラホワイトモカエクストラバニラエクストラキャラメルエクストラヘーゼルナッツエクストラクラシックエクストラチャイエクストラチョコレートソースエクストラキャラメルソースエクストラパウダーエクストラチョコレートチップエクストラローストエクストラアイスエクストラホイップエクストラトッピングダークモカチップクリームフラペチーノ……って長いわ! 噛まずに言えたサンちゃんが奇跡だわ! あとそんなにシロップ混ぜたら味! ようこれで味がわかると思うたな! ……もうスタバの注文は呪文にしか聞こえない。ちなみにサンちゃんは、抹茶フルーティブレンズティラテ一択!」
ハイテンションで、特徴的なトークを展開する彼女の動画は、なんとも筆舌しがたいコメントが並んでいる。
一方、別の動画では、クロシャチという四天王が家の中のインテリアについて話していた。
「クロわねぇ~、やっぱりクレイモアをどこに置くかが重要だと思う。防御は最大の防御なので、だれしもクレイモアの設置場所には悩むと思うの。やっぱり玄関で出会いがしらもいいけど、クロは、お風呂場にえ~いって! それで侵入者さんはぐっちゃぐちゃに……あ、クロ最近は麻婆豆腐にはまってて──」
確実になにかグロいものを想起してしまう、しかし自然なトークの流れに、魔王は感心する。
(みんな面白いなぁ……四天王のひとりカコ・クライさんも、アイドルって感じだし……最後のひとり、バーチャル獣耳YouTuberのじゃろりお姉さまも、技術力が、我なんかとは全然違って……別に、にゃむろPを信頼してないとかじゃ、ないのだけど……でも我、我にはなにがあるんだろう……こんな、魔法も失ったフナムシみたいな魔王に……)
「……魔法?」
そこでふと、魔王は気が付いた。
確かに彼女は、ほとんどのポテンシャルを封印されている。
魔法もその範疇で、おおよそ使えないが──
「
戯れに呟いた呪文。
だけれど次の瞬間、部屋中は小さな、そして淡い光によって埋め尽くされていた。
まるで、無数の蛍が、飛び回るかのように。
「そっか……」
(使えなかったのは、力で誰かを従える魔法だけだったのですか)
いかずちを操り、大地を割り、重力すら手中に収める魔王。
いま、彼女はそのほとんどを喪失していたけれど。
「誰かを笑顔にできる魔法は、我、使えるんだ!」
というわけで。
「にゃむろP! Twitter動画の内容、決まったよ! 我、魔法でみんなを笑顔にする! こう、大道芸的なものを──」
「そんなことより、緊急事態です、魔王さん」
血相を変え。
珍しく冷や汗を垂らしながら彼は。
にゃむろPは、魔王にこう言った。
「あなたのTwitter、炎上しています」
「ふぇ?」
魔王の受難は終わらない。
彼女は炎上という、WEBを使ううえで避けては通れないものと向き合うことになるのだった。
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