第二章 ふとした切っ掛け、だからこれから
登録人数:1009 バズる
「魔王さん! いそいでPCを起動してください!」
転がり込むようにして入室してきたにゃむろPを見て、魔王は目を丸くする。
朝食のヌードルをデスクに置きながら、訊ねる。
「どうしたんですかー、そんなに慌ててぇ? はっ! もしや、我の魅力にメロメロリンで! ま、待ってください心の準備が──」
「馬鹿なこと言ってないでPC立ち上げて!」
「は、はい」
尋常ではないにゃむろPの剣幕に押され、PCの電源を入れた魔王は、驚愕の事実に直面する。
「──え?」
(なんですか、これ?)
(我の目が曇るなんて……赤龍帝との決戦以来では?)
(あー、今日もお日様ぽかぽか、気持ちいなぁ……)
「現実逃避しないでください」
「はっ!」
魂が飛翔しかけていた魔王が、ようやく我に返る。
彼女は困惑もあらわに、にゃむろPへと画面を見せた。
「これ!」
「はい」
「どういうことですか、だって、これ、チャンネル登録者数が──」
「1009人。前日比100倍です」
「ゆ、ゆめ……? ひょっとして、これは、我の脳髄が作り出した都合のいい夢で……」
「夢じゃありません。魔王さん、あなたはバズったんです」
「ばず……ジャイアントバズー?」
「趣味で古いアニメを見るのはなんの問題もありませんが、まずは現実を直視してください。バズるとは、Buzz──騒がしく噂されるという意味の言葉で、ようするにWEB上で、一躍有名になることです」
彼も混乱しているのか、普段に増して持って回った言い方をするので、魔王はなかなか理解できなかった。
ただ、漠然と、
(それは、えっと……我が、流行ったと?)
そんな意味ではないかと、問いかける。
「流行というほどではありませんが、確かにあなたの存在が、いまユーザーたちに認知され始めたんです」
「にゃむろP!!」
「……っ!」
突如にゃむろPに抱き着く魔王。
彼女は笑顔で、彼を見上げる。
「やったぁー!! 我、我ぇっ! これは、勝利……ですよね!?」
「……ええ、くじけず毎日動画を上げていたから……と言いたいところですが、実際はある方が書いたブログが火付け役のようですね」
「ブログ……?」
にゃむろPが魔王にみせたのは、
『【驚愕】ぬるぬる動く美少女が、メシの顔でヌードルを食べる動画【可愛い】』
という、個人のブログだった。
「えっと……明らかに実写のヌードルが、明らかにCG美少女の口の中に消えていくさまが、奇妙なリアルさで描かれた動画。実物かと思えるほどぬるぬる動くさまは一見に如かず。マジピクサー映画並みのクオリティ……あと、メシの顔がすごい……え? ……ええ?」
(メシの顔って……なんですかね……)
理解不能な単語に眉根を寄せる魔王。
だが、彼女は気が付いた。
気が付いてしまった。
こんなとき、無駄に魔王の脳みそは回転する。
「にゃむろP……質問いいですか?」
「もちろん」
「私がこれまでにUPした動画って、いくつですかね」
「9つだね」
「そのなかに、ヌードルを食べる動画、ありましたっけ」
「確か……なかったね」
「もひとつ質問、いいですか」
魔王は。
涙目になりながらにゃむろPをにらみつけ、詰問した。
「我の食事風景、いつ盗撮したっ!?」
「あなたのような勘のいい魔王さんは特に嫌いでもないです」
「うわーん! 勝手にアップロードしたなー!? 我の食事シーンとかチョー恥ずかしいんだけどー! っていうか無断アップて犯罪やないかーい! 待って、ほんとそれ、食事はらめー!」
狂乱し床をゴロゴロと転がりまわる魔王。
(だって、食事って、その、あれじゃないですかっ! 食べてるところみられるのって、つまりポルノですよ! 生理的なシーンはつまりその、せ、せっ──はふん! セクシャリティー的にNGですっ!)
魔王は目をきゅーっとして、縮こまる。
エルフっぽい耳の先まで真っ赤だった。
「魔王さん」
「お嫁に、本当にお嫁にいけない……しくしく……こんな、こん、なんで、屈辱……これは、私刑……市中引き回し……」
「魔王さん、勝手にUPした件は、謝罪します。申し訳ない」
「にゃむろP……」
「ですが、この再生数を見てください」
起き上がった魔王がよくよく確認すると、件のヌードル動画の再生数は10000を超えていた。
「え、すごっ」
「いままで魔王さんに黙っていたことは、繰り返しになりますが謝罪します。しかし、これでチャンネル内の再生数合計が、1万を超えました」
「1万を超えると、どうなるのです?」
「知らないのですか」
彼は一拍貯めると、初めて力強い表情になって、こういった。
「収益化が、できるようになります」
この世界に来て、二週間ぐらい。
魔王──バーチャルYouTuber真字野マオは、この瞬間初めて、YouTubeで収入を得る準備を、整えることができたのだった。
問題は──
「この動画、削除しましょう」
「待ってください魔王さん、それは正しい判断ではありません」
「メシの顔ってやっぱりそういう意味じゃないですか! これフードポルノじゃないですか! やー! 我は健全で清廉なイメージ路線で清純なんだよー!」
「ステイ! 魔王さんステイ! なに言ってるかちょっとわかりません」
彼女がまったく、これっぽっちも納得できていないという、ことだった。
「我、こんな形で有名になりたくなぁぁぁぁぁーい!!!」
そんな絶叫とは裏腹に。
真字野マオの名前は少しずつ、しかし着実に。
ユーザーたちの間に、知れ渡っていくのだった。
「ところで1009人って、センキューっていう高度なギャグ──」
「メタネタは禁止です!」
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