登録人数:8 努力の結果はごらんのとおり

「いやあああああああああ!? チャンネル登録解除しないでええええええ!?」


 昼過ぎから響き渡る、魔王の絶叫。


「はっ!? ゆ、夢ですか……」


 ほっぺたにキーボードの跡をつけた魔王は、跳ねまわる心臓を押さえつけながら起床する。

 太陽は既に中天を過ぎており、気温はうららかに上昇していた。


(いけません。弱気になるから、こんな夢を見るのです。だいじょうぶ、あれだけ頑張ったのです、きっと登録者数は、増えているはずです……)


 あれから。

 魔王は動画を、何度も投稿した。

 といっても、実際は最初の挨拶動画を撮り直して、何度か投稿したというのが正しい。


(あんな恥ずかしいもの、見せられない……いえ、2回目以降も、なんだかんだ言ってストロング・コロナゼロをキメてしまいましたが……)


「酔って晒す醜態……部下たちにだって、見せたことはなかったのに……もう、お嫁にいけない……しくしく……」


 そもそも、以前の彼女はアルコールや毒物が効かない身体だったので、酔うこともできなかった。

 食事の味も、ろくにわからないような身体だった。


(ただただ、勇者と戦うために強化された肉体でしたからねぇ……あれ? あれれ?)


 そこで、魔王は恐ろしい事に気が付く。


(この、なにかをなすためにすべてを投げうって、楽しみという楽しみを切り捨ててきた我の人生って……青春を知らない、灰色のララバイ?)


 さぁっと彼女の顔色が青ざめる。

 魔王はそのまま、またもキーボードの上に突っ伏した。


「ひっぐ……えっぐ……つらいよぉ……おうちに帰りたいよお……我だって好きで独り身だったわけじゃないもん……我、我ぇぇぇぇ……」


 だばだばと、惜しげもなく涙をこぼす魔王。


 ぴーんぽーん。


「魔王さん、お昼にピザを買ってきたのですが、食べませんか? コールスローもありますよ?」

「わーい! 我、食べるー!」


 花がひらくように笑顔になった魔王は、ピザケースを抱えた、にゃむろPを出迎えるのだった。


§§


「さて、初めて動画を投稿して、そして試行錯誤を続けて、今日でちょうど一週間です」

「ごくり」

「なるべく再生数やチャンネル登録数を見ないでほしいと頼みましたが……どうしていましたか?」

「我は見なかったね、えらい! ちゃんとバーチューバー諸先輩方の動画で勉強してた。あと、ゲームたのしい。ガチャ回すの楽しい」

「……その予算はすべて、私のポケットマネーであるということを忘れないでください。明日から食事はヌードルではなくハルサメにします」

「待って!? ごめーん、うそついた! 我うそついた!」


 大慌てで前言撤回する魔王を横目にしながら、にゃむろPはPCを操作する。


「結果がどうあれ、今日は飲みましょう。食べましょう」

「え……」

「気構えの話です。私たちはぽっと出のバーチャルユーチューバー。芳しくない結果になっても、いまは忍耐のときということです」

「…………」

「では、チェックしますよ──」

「よ、よし! ばっちこい!」


 にゃむろPは──かすかにふるえる指先で、チャンネル画面をひらいた。


 そして──


「う」

「…………」

「うう」

「…………」

「うわあああああああああああああああああああああああん!!!」


 魔王は、顔をくしゃくしゃにして、泣き崩れる。


「……残念でしたね。再生数は1500。まあ、これ自体はそこまで悪くありませんが……チャンネル登録者数は」

「はちにん……あんなに頑張って、はちにん……」

「逆によく8人も登録してくれたと考えるべきです。確かに今、バーチューバーは黄金のコンテンツです。ですがそれは、五人そろって四天王と呼ばれる方々が人気なため。新参は、チェックこそされ、ほとんどはスルーです。こんな短期間では、よほどのことがなければ結果は出ません」

「……にゃむろ」

「なんですか」


 魔王は、顔を上げた。

 涙と鼻水で、とても見られた顔ではなかったが、それでも魔王は顔を上げた。


「我、くやしい」

「…………」

「くやしい……にゃむろにこんなに良くしてもらったのに、我、不甲斐なかった……結果を出せなかった……こんなんじゃ、一億人なんて」

「魔王さん」

「くやしいよぉ、我だってくやしいって気持ちあるもん。だから──我、もっと頑張る!」

「──!」


(そう、はじめは勇者の呪いを解いて、おうちに帰りたいだけだった。でも、いまはそれだけじゃない感じがする。だって、だって──)


 魔王は、涙をぬぐい。

 鼻をぬぐい。

 震える口元をぎゅっとして。

 そして、叫ぶように、言った。


「我、結果を出すからぁ! こんなんじゃ終われないからぁ! 借りたお金は全部返します……たぶん、いつか、きっと……だから、にゃむろP!」


(我を、トップバーチューバーに育ててほしいです!)


「……それは、いばらの道になりますよ?」

「うん」

「〝魔王をプロデュース!〟が、笑い話じゃなくなりますよ?」

「うん」

「覚悟が──あるんですね?」


(うん!)


 強く頷く魔王を見て、にゃむろPはゆっくりと息を吐く。

 そうして彼女に、ストロング・コロナゼロを手渡した。

 自分は、エビスビールを手に取って。


「登録者数1億! それは、はっきり言えば滅茶苦茶な目標です! 最上位の一握り──いえ、たったひとりしか成し遂げていない領域です!」

「それでもやるぞー! 我は、絶対元の世界に帰るんだ!」

「なら、一緒に駆け上がりましょう、私たちが昇り始めたばかりの、このバーチューバー坂を! 私は、バーチューバーの頂点への道を開きますから!」

「おー! だから、未来のために──乾杯!」

「乾杯……!」


 二人はアルミ缶をぶつけ合い、一息に呷った。

 かくして、彼らの戦いは、装いも新たに幕を開ける。

 ままごとのようなそれではなく。

 戦場に臨むような、真摯さで。


「そういう訳ですから魔王さん、明日からは、毎日一本動画をUPがノルマですから」

「え!? ちょっ!? そんな沢山ネタないんですけど!?」

「無敵の異世界トークでなんとかしてください」

「そんなー」


 ……たぶん、真剣に。

 彼女たちは、走り出したのだった。


 もっとも、この数日後。

 事態は大きな転機を、迎えるのだが──

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