登録人数:7 最強のフリーソフトと動画投稿

「ずるずるー……はふはふ……ほへぇ……」


 出来立てのヌードルをすすった魔王は、法悦の表情をのぞかせる。

 なんと、37時間ぶりに彼女が口にする食事だった。


「あったかいのです……心にしみるのです……うう、初めて食べますが、このヌードってやつ、すこししょっぱいですね……」


 ボロボロ涙をこぼしながら食事をする魔王。

 この世界に来て初めての食事がヌードルだった。

 胃酸の分泌が活性化し、冷え切っていた胃袋は熱を求めてどん欲に蠢く。

 スープをすするたび、心地よい熱がのどを滑り落ちていった。


「空腹はなによりつらい! 我ね、理解した! その点ヌードルってすごくないですか? お湯を注いで3分で食べれるんだよ? マジ神じゃん! これ、魔王城おうちに持って帰りたいなぁ……」


 ひとりごとを言いながらむせび泣く魔王の背後では、にゃむろPが先程録画した動画の編集作業に追われていた。

 使用している動画編集ソフトは、AviUtlというもの。

 画像の拡大・縮小。

 ブルーシートを透過処理するためのクロマキー合成。

 Z軸をいじることで疑似的に動画をようにする処理。

 モザイク、暗転、圧縮しての出力など、実に多彩なことができる編集ソフトだ。

 驚くべきことに、AviUtlはフリーソフト。

 無料で使える埒外の代物である。

 にゃむろPは払うものは払う、切り詰めるものは切り詰めることを信条にしていた。


「おいしい、おいしいよぉ……きっと砂漠でオアシスを見つけた人間はこんな気持ちだと我思う。吹雪の中でヨーゼフがブランデーの樽を持ってきたら、そりゃあ定命のものたちも感涙するわ……我、涙腺大崩壊。酔ったあとのしめはやっぱりヌードルだよ! 至福至福!」


 ずるずると音を立てて、心ゆくまでヌードルを堪能する魔王だった。


§§


「さて、動画の編集、および出力と変換が終わりました」

「出力? 変換?」

「いじった動画は、いわば漫画の原稿です。トーンやらセリフやらが切って張った状態です。これをプリントアウトして、一枚の漫画にする作業が、出力」

「分かりにくい、一行で」

「ヌードルに具と粉末スープ入れること」

「わかった! え、じゃあ変換はあれなの、お湯を注ぐこと?」

「そうですね。YouTubeというサイトに投稿アップロードできる動画形式にすること──つまり、誰でも食べられる形にすることです」

「おお! なるほどなー」

「では、これから投稿します。一緒にやりましょう」

「やるやる!」


 にゃむろPに教えられるまま、魔王はPCを操作する。


「まず、いまのYouTubeは、Googleアカウントさえあれば誰でもユーザーになれます。今回は事前に準備しておいた、こちらのIDを使ってください」

「ろぐいん……ってやつを押せばOK?」

「はい。次にホーム画面で、マイチャンネルを選んでください」


 ここが、次からあなたの動画が置かれる場所ですと、にゃむろPは説明する。


(チャンネルを作るには名前がいるのか……えっと、真字野マオ チャンネル……っと)


「逆ですよ」

「え?」

「昔の英語表記のように、名前が先に記入されます。ですから〝真字野マオ チャンネル〟と表示させたいなら、〝チャンネル〟〝真字野マオ〟の順番で入力する必要があります」

「……ニホンゴ、ムツカシイネ」

「これは日本語の所為ではありませんがね……はい、これでチャンネルの完成です。ホーム画面に戻り、右上のアップロードというボタンを押してください」


 魔王は言われた通り操作をする。

 彼女は、顔をしかめた。


「なに、この、動画ファイルを、ドラッグ&ドロップするって……」

「作った動画を、マウスで掴んでそこにもっていけば勝手にアップロードされます」

「は? ナニイッテルンデス?」

「動画のファイルに合わせて、マウスの左ボタンを押しっぱなしで掴むドラッグ。その画面の上にもっていって、指を離すドロップ。以上です」

「…………」


 半信半疑のまま、魔王はやってみる。

 ドラッグして、ドロップ。


(あ、できた……)


「出来ましたね。あとは、タイトル、説明文、サムネイルの選択です」

「タイトルは……【異世界の魔王】我、バーチャルYouTuberになります!【はじめまして】で……説明文は……根室P」

「にゃむろPです、覚えてください。なんですか?」

「サムネイルって、なに? 我、わかんないんだけど?」

「顔です」

「顔」


 にゃむろPを指さす魔王。

 にゃむろPは首肯し、魔王を指さす。


「顔です。動画が表示されたとき、真っ先に目につく情報──画像がサムネです。動画の一部を切り取って表示します。ここが目立てば、一応再生されるというぐらい大事です」

「まじか」

「じつはカスタムサムネイルといって、独自のサムネをあとから挿入することもできます。貸してください」


 魔王の横から手を伸ばし、にゃむろPはサムネイルを操作する。

 表示されたのは、


 はじめまして!

    我、異世界の魔王にしてバーチャルYouTuber!

  真字野マオを、ヨロシク!


 と、魔王の笑顔の上に、バランスよく文字が配置された画像だった。


「これでよしですね。あとは左側のプレビュー……つまり確認用のURLをクリックして……大丈夫そうなので、公開のボタンを押してください」

「オッケー承知の助! 公開っと! これで我、おうちに帰れるんですね! やっふー! アッレルヤー!」

「魔王が神を礼賛している……あとは収益化するだけですが、それにも条件がありまして、魔王さん……魔王さん?」

「んー……もう、ヌードルは食べられないですよぉウヘヘヘ……ZZZ」

「寝てしまいましたか……お疲れでしたものね。さて、私はもうひと仕事しますか」


 はしゃぎ疲れ、その場で眠ってしまった魔王に、にゃむろPは、そっと毛布を掛ける。

 彼はそのまま、作業に戻った。

 魔王はいま、幸せな夢のなか。

 ゆえに彼女は知らない。

 翌日、自分を待ち受けている出来事を。


 ……ヌードルを食べていた姿を、隠し撮りされていたことを。

 

 それが数時間後、ネットに放流されてしまうことを。

 彼女はまだ、知らないのだった。

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