登録人数:6 ストロング・コロナゼロ

「あなたに足りないもの、それは!  情熱・思想・理念・頭脳・気品 ・優雅さ・勤勉さ! そしてなによりもォォォオオオオッ!! テンションが足りない!!」

「て、テンション!?」


 CGの問題が、魔王本人が映ればいいということで解決した直後。

 にゃむろPは人が変わったように、そんなことを絶叫した。


「そう、テンションです」


 そして、ノータイムで落ち着いた彼に戻る。


(テンションの高低差で、脳がキーンとなりそう……)


「ブルーバックで魔王さんを撮影し、そこに合成でMMDの背景を──これは動かす必要がないですからね、簡単です──合成すれば、一見、ものすごくお金がかかったバーチューバーのように、視聴者の目には映るでしょう」

「でも、それはいいやつなの? 我的に、なんか卑怯な気が」

「現実的に見て、魔王さんは架空バーチャルな存在です。二次創作のキャラクターではありませんし、他の創作者が血と汗で作った唯一無二モデルでもありません。だから、著作権的にも、利用規約的にもクリーンです」


 著作権。

 それは、にゃむろPのような創作者にとって、けっして冒してはならない金科玉条なのだった。

 にゃむろPは、熱心に説明を続ける。


「二次創作ほど、強い人気でスタートダッシュすることはできませんが、オリジナルということで評価されるかもしれません。おいおい、魔王さんと同じモデルは、私が用意するつもりなので、いまはこれでいきましょう」

「ほへー」

「しかし」

「駄菓子菓子? そういえば我、おなかぺこっぺこでー! ブタメンとか食べたい」

「しかし、そこまで用意しても、魔王さんには致命的に足りない点があります」

「流された!? え、我の渾身のギャグ、流された!? あと致命的って言われた……ちょっと、吊ってくる」

「そう、そのちょっとマイナス思考でダウナーなところです」

「ナ、ナンダッ──」

「あ、そういうのはいいので」


 リアクションを遮るという、非常に芸人殺しなことを平然とやってみせたにゃむろPは、魔王へとあるものを突き付けた。


「ぐいっと、キメてください」

「これは……」

「ストロング・コロナゼロ。虚無の酒とまで呼ばれる度数だけ高いアルコールっぽいなんかと、コロナビール的なものを5:1で割ったカクテルです」

「ほぼストロングゼロじゃん!?」


 ツッコミを入れる魔王だが、実際アルミ缶には、

 『俺はゼロ! ストロング・コロナゼロ! 俺で酔おうなんざ2万年はえー!』

 と、キャッチフレーズが躍っている。

 にゃむろPはおもむろに、色違いのアルミ缶を取り出す。


「こちらのルナミラクルゼロというのもありますが、どちらの味が好みですか?」

「味!? ねぇ、問題は味なの!?」

「……そうです。そのツッコミを行うときのハイテンションを常時展開できるようにしてほしいのです」

「はえ?」


 そのためにも、と。

 にゃむろPは、プシッと、500ミリ缶のプルタブを開ける。


「いっきに」

「……まじで? でじま?」

「大丈夫です、大丈夫です」

「なんで2度いったのいまぁー!?」

「これは便宜上ストロングでゼロなあれですが、実際には赤ちゃんでも飲めるノンアルコール染みた清涼飲料水という設定です」

「…………」

「ちょっと……いえ、かなり血行が良くなったりテンションが上がったり記憶障害が出るかも知れませんが、無害です」

「なにが!? ねぇ、無害って意味、辞書で引いてもらっていいですか!?」


(う、うう……もとの魔王としての肉体なら、アルコールぐらいなんでもないけど……でも、ここで飲まなかったら、我、見捨てられちゃうかも……?)


 ジッと、うるんだ瞳でにゃむろPを見上げる魔王。

 厳粛な面持ちで頷くにゃむろP。それはさながら、主人公の修業を見守る老師のごとく。


(覚悟……キメるぜ!)


 もはや魔王に迷いはなかった。

 ずっしりと腕に来る重さのアルミ缶を受け取ると、一息にあおる。


「んぐ、んぐ、んぐ──ぷはっ!」

「空腹のッ! 胃袋に! まだ入る! ストロング・コロナゼロが! 即吸収!」

「らめれすって、人が変わってますよ、にゃむろぴー、うぃひっく!」


 完全に目つきが座った魔王が、ケタケタと笑う。


「うひひひひ! いまならぁ、我ぇ、勇者に勝てる気がするんだけど!」

「まさか、ただのジュースで本当に酔っぱらうとは……チョロい」

「うぃー、なんかいいましたか、にゃむろっぴ?」

「いえ、なにも。それから私は、にゃむろPです、覚えてください」

「まかせてちょーらい! アイハブ、コントール!」


 そして、完全に出来上がった魔王は、収録に臨むのだった。


§§


「はーい! てなわけで、みんなのアイドルこと、我だよー! 今日はね、初めての動画ってことで、我について説明するから! ちょっとー、巻きで行くから、その辺ついてきて。我、アンストッパブルだから! えっと……我は魔王! 異世界ニートニアに君臨していたんだけど、卑怯な勇者の手によって封印されて──」


 ブルーシートで囲われた室内で、カメラに向かって上機嫌であいさつを決める魔王。

 その姿に、もはや恥じらいの欠片も存在しない。

 にゃむろPは収録を別室で観察しつつ、リアルタイムで取得される魔王のデータを用いて、MMDのモデルを作成していた。

 いつまでも顔出し出演させるつもりは、彼にはなかった。あくまで時間がないゆえの、窮余の策なのだ。


「それにしても、化けましたね」


 にゃむろPは、感心とともに頷く。

 はっちゃけた魔王には、奇妙な花があった。


「これは、羽ばたくかもしれません。あるいは、あの伝説のバーチューバー〝キズナ・ムスビ〟を、超えるほどに」


 とうぜん、収録に問題があるので、彼の声は魔王には届かない。

 魔王は、


「そ-ゆーわけで! 世界初のガチ魔王美少女バーチャルユーチューバーである我──」


 彼女はそこで、初めてにゃむろPとともに決めた、芸名を名乗った。


「真字野マオを、よろしくたのんまーす!」


 きゃるーん! と、ウインクと恥ずかしいポーズを決める魔王〝真字野マオ〟。


 翌日、編集されたこの映像を見た彼女は恥ずかしさのあまり悶絶するのだが、それはまた別のお話である。


「チャンネル登録、わすれんなよ! 1億人集めて、我はおうちに帰るのだ!」


 バーチューバーの頂を目指す彼女の茨道は。

 いま、始まったばかりだった。

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