登録人数:2 口パクだけで配信できますか?
魔王は絶望に打ちひしがれていた。
目が覚めたら、夜だったのである。
昨晩、怠惰から就寝し、目を覚ましたらまた夜だったのだ。
24時間近く、眠っていたのだ。
(え? 我、なんでこんな)
本来、魔王として頑強な肉体を持つ彼女は、睡眠や食事を最低限しか必要としない。
だが、彼女はいま、おなかを押さえてうずくまっている。
(切ない……胃袋が切ないです……まさか……これが、恋……?)
空腹だった。
魔王は目元に涙を浮かべた。
(惨めぇ……我、惨めぇ……勇者……そうだ、ぜんぶ勇者が悪いですよ……)
責任を憎い勇者に擦り付けつつ、しかし魔王は冷静に分析する。
どうやら自分の肉体は、かなり弱体化してしまっているようだと。
(これは本気で、さっさとニートニアに帰らないと、命にかかわります)
昨夜は挫けた魔王だったが、ここでしっかりメンタルをリセットした。
かれこれ20回ほど世界を滅ぼしたり敗北したりしている魔王である、その辺のルーティンは出来上がっていたのだ。
彼女は深呼吸し、ようやく今日初めて、PCへと向き合う。
「ネットの世界は広大だぜー、どこに行けばいいか……そう! 寝る前にヤフー知恵袋に質問したのでした! 賢者、賢者カモン!」
藁にもすがる思いで、知恵袋を開く。
果たして回答はあった。
2件あった。
「1件目は、なになに……『質問してる暇があったらまず動画投稿しろそんなだからクズなんだよ、クズ!』……」
(え……? なにこのコメント怖い……元の世界に戻る前に住所特定してこいつの家滅ぼそう……)
みしっと、彼女の手の中でマウスが悲鳴を上げる。
魔王は意外と短気だった。
「2件目もこんなだったら、万策尽きますねぇ……えっと……『こちらのリンクを参考にしてみてはどうでしょうか? バーチャルユーチューバー黎明期のものですが、参考になると思います』おや? これは、いいひとっぽい感じが……」
促されるまま、リンクをクリックする魔王。
ウイルスに対する心配など、彼女にはまったくなかった。
リンクの先には、古い記事が一つ。
「な、なんだってー!」
そこには──
『3万円ぐらいから始める、バーチャルユーチューバーのなりかた』
という記事が、燦然と輝きを放っていた。
§§
海外のゲーム販売サイトSTEAMにアクセスした魔王は、Face Rigという商品を購入した。
「ふぇ……フェイスリグ」
セットで割安だったこともあり、FaceRig Live2D Model も購入する。
「ふぇいすりぐ、らいぶつーでぃー、もでる」
両方をパソコンにインスコして立ち上げると、各種設定画面が出てきた。
適当にそれらを操作し、ランゲージを日本語に変えたりしていると、PC内蔵のカメラが、彼女の姿を拾い始めた。
そうして、
「おお……!」
かなりリアルに描画されたCGの獣──レッサーパンダの顔に、魔王の表情通りのリアクションを取らせることに成功する。
「え、これ、どういうこと?」
魔王の口の動きに合わせ、レッサーパンダも口を動かす。
フェイスリグとは、いわゆる口パクソフトだ。
取り込んだ画像をリアルタイムで処理し、あたかも画面の中のCGキャラクターが喋っているように変換することができる。
魔王はちょっとした感動を覚えていた。
「技術力がすごい! 魔法だと、こうはいかないもん……これで、我の顔はCGになるのですね。よくわかんないけど」
ポチポチと動物の種類を変えたり。
モデルCGの拡張パックであるFaceRig Live2D Modelに収録されたかわいい人間の少女に、表示される顔を変えたりしてみながら。
魔王は口パクを堪能していく。
「あめんぼあかいなあいうえお! バジリスク、コカトリス、アルキメデス! ほう、やるな……」
早口言葉にしっかりついてくるアプリの正確さに、魔王は感心しながらうなずいた。
(では……これならどうですかっ!)
「黄昏よりもいと深き、久遠の永劫吹きすさぶ荒野の主よ、我の名のもとに盟約を今こそ果たせ──エチゴ・ダイコクヤ・コガネ・カーシ!」
無限に黄金を錬成する魔法。
その詠唱を、画面の中の美少女は見事に(口パクだが)追従して見せる。
(しゅごい……! 我の詠唱に完全についてきている!)
もちろん、その魔法が発動することはない。
そこまで彼女の人生はイージーモードではない。
しかし、そんなことよりも目の前で動く口パクアプリの技術力に、魔王はとりこになっていた。
(これなら、すぐにでも配信できるのでは……?)
うきうきと遊び続ける魔王。
だが、魔王は気が付いていない。
確かに彼女の表情を読み取り、それに合わせて変化するCGは手に入ったが──その映像を録画するソフトを、まったく考慮していないことを。
なによりも──
「あなたですか! 勝手に人の口座から金を引き落として、アプリ購入したのは……!」
「ひゃう!?」
……自分が、無一文であり、目の前のPCの所有権すら持っていなかったことを。
魔王は背後を振り返った。
そこには、異様に鋭い目つきで自分を見下ろしているスーツ姿の男性がいて。
彼女は、音速で頭を下げる。
「ご、ごめんなさい! まじごめん……家賃は、もう少し待ってください……!」
美しいジャパニーズ土下座を決めた相手。
それは、この部屋の家主だった。
ぐぎゅー。
「あ……」
割と最悪のタイミングで、魔王のおなかは空腹を思い出していた。
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