第一章 ハロー現代! バーチューバーになる呪い!
登録人数:1 初期投資は6000万ですか!?
(なーんで、こうなったのですかねぇ……)
バーチューバーとして彼女がデビューした……その一か月ほど前。
この世界にやってきたばかりの魔王は、ディスプレイの明かりしかない薄暗い室内で、孤独に膝を抱えていた。
(勇者に負けた、これはいい。封印された、これもいい。でも、異世界に飛ばされるって……)
彼女は、モンスターがいるタイプの、ファンタジックな世界出身だ。
だが、ここは彼女本来の世界ニートニアではない。
宿敵である勇者に敗北した結果、ほとんどの能力を封印されたうえで、現代日本に強制転移されてしまったのだ。
(我、これでも魔王ですゆえ。盛者必衰。負けることは覚悟していたけれども)
(だからって、こんな呪いまでかけられるいわれはないんですけど……ッ!)
魔王は、全身を強く抱きしめた。
うっすらと、その肉感的な身体が光る。
呪いの光だった。
「バーチューバーになれって、どういうことなの……?」
彼女にかけられた呪い。
それは──バーチャルユーチューバーになり、チャンネル登録者数1億を突破しないと、元の世界に戻れないというものだ。
(いちおう、呪いの効果で、この世界の基本的な知識はある。それがなければ、ここがどこかもわからなかった思うと、ぞっとするですね……)
寒さに震えるよう両肩を抱き、彼女は背中を丸める。
尊大さはどこにもない。
ふつうに根暗な女子がそこにはいるだけだった。
(まあ、女子って歳でもないんですけど……)
「う、ううう……!」
突然の号泣だった。
誰も見ていないことをいいことに、魔王は恥も外聞もなく泣いていた。
「なん、なんで我……我ッ、魔王として、しっかりやってきたのに……世界征服とかしてたのに……なんでこんなみじめ……っ」
ボロボロと大粒の涙は零れ続ける。
ひとしきり泣いて、魔王は落ち着いた。
ティシューでチーン! と鼻をかむ。
「じゅるじゅる」
(魔法は使えない。封印されている。この部屋だって、どうやら善意で貸してもらっているのです。家賃は払わなきゃいけないし、食事をするためにもお金はいります)
そっと頭部に生える一対の角へと手を伸ばし、魔王はため息をつく。
(この外見はあまりに目立ちます。定命の者など、以前であれば容易く蹴散らせましたが……もめごとはなるべく起こすべきではない)
そのためにも外出はできない。
彼女が金銭を稼ぐ方法は限られてくる。
「ユーチューバー」
複雑な感情が絡む声で、彼女はその名称を口にした。
ユーチューブは、様々な動画が投稿されるサイトだ。
動物のかわいい動画。
鉄骨の上を渡るような危険な動画。
おもちゃのレビュー。
ゲームの実況。
雑談などなど。
ともかくいろいろな動画が投稿される。
そんな動画に広告をつけることで、サイト運営が公式に金銭を支払う仕組みがある。
それを活用して生計を立てようとする者たちを、ユーチューバーと呼ぶことを、すでに魔王は知っていた。
(広告は、視聴者が見ただけ効果がある。つまり、たくさんの動画が再生されれば、収入も増える。そうすれば……)
ぐー。
彼女のおなかが、情けなくうめき声をあげた。
この世界に転移して、約18時間。
魔王はまだ、なにひとつ口にしてはいなかった。
(だって、外出できないですし……でも、おなか一杯ご飯食べたいので……やはりユーチューバーになるしか……!)
(問題は──)
呪い。呪いだ。
彼女は、バーチャルユーチューバー以外の動画を上げられない呪いを受けているのだ。
バーチャルユーチューバーは、その名のとおり現実の存在ではない。
一般のユーチューバーは、人間が動画を配信する。
(せいぜいコスプレをしているかどうかの違いだ。でも、バーチューバーは、その存在からして
たとえばAIが活動している、おじさんがCGの皮を被っている。いろいろあるが、どこか3次元から一歩引いた位置に、彼らは存在する。
CG《コンピューターグラフィック》で作られた3Dのキャラクターを、はたして2次元と呼ぶべきか3次元と呼ぶべきかは、意見が分かれるところだ。
フィギュアを2.5次元と呼んだ文化もあるが、さすがに魔王はそれを知らない。
彼女が知っているのは、
(CGを作るのには、お金がいっぱいかかる)
という事実だけだった。
魔王はディスプレイを睨みつけながら、次の瞬間情けなく眉をハの字にして、がっくりとうなだれた。
「バーチューバー四天王と呼ばれていた先輩は、CGモデルの初期投資に6000万円かかったとか」
(それ、なんてムリゲー?)
覚えたての言葉が出てくるほど、魔王の心は挫折寸前だった。
「ネットの情報を信じるなら、6000万円というのは根拠のない数字だ。でも、タダなわけがないし、技術だって必要……そもそも、我はどうすれば、バーチューバーになれるのでしょう……」
ぐぎゅるるるるる……
ついに悲鳴を上げた空腹に突き動かされ、魔王はPCへと向かう。
なんとしてでも、バーチューバーになるための方法を知る必要があった。
「そうだ……! このヤフー知恵袋とかいうのに相談してみれば……賢者が集う場所らしいですし、きっとなんとかなるに違いないのです!」
(なにより、この場所をいつ追い出されるか、わからないのですから……)
所持金なし。
戸籍なし。
空腹はノーストップ
そんな絶望的最底辺から、魔王はスタートを切る。
輝かしく、元の世界へと凱旋する自らを思い描いて。
スタートを切った……のだが。
「……疲れました。今日は、もう寝ましょう」
彼女は慣れないネットサーフィンに早々と見切りをつけると、そのまま丸くなってしまった。
(ほら、なんだかんだ言って、我は魔王ですし)
(簡単には死なないですし)
(時間は、無限にあって……)
「くぅ……くぅ……」
安らかな寝息を立て始める魔王。
この選択が、のちのち自分の首を絞めることを、彼女はまだ知らない。
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