我、バーチューバーになります! ~勇者に封印された魔王はバーチャルYouTuberとして活動を始めました~

雪車町地蔵

第一部 真字野マオ誕生編

序章 下剋上、いま始めよう!

登録人数:0 バーチャルYouTuber真字野マオ

「お゙はようございまぁぁーす!」


 ディスプレイの中で、目をバッテンにした3DCGの美少女が、こちらへ向かって挨拶を決める。

 紫の髪に赤い瞳。

 煽情的な、しかし下品ではないファンタジックな衣装。

 三次元ではありえない、豊満なプロポーションに、頭から生える二本の角。

 万華鏡のみたいに、コロコロ変わる豊かな表情。


 そんな彼女は尊大に、空気を読まず、挨拶を続ける。


「ハロー、定命じょうみょうの者たち! バーチャルユーチューバーの真字野まじのマオだよ! 初めましての方は初めまして! そうじゃない人は──いませ~ん! だって、これが初の投稿なんだもーん!」


 その世間ずれしたウザい感じに、目の肥えた視聴者たちがざわりと食いついた。

 アルコールを決めているようにしか見えない言動が、ツボに入ったのである。


「バーチャルユーチューバーって、だいたいアンドロイドとかAIじゃないっすかー。でも我は、魔王。魔王! わかる? 異世界ニートニアからやってきたガチモンでコレモンの魔王なんですよ! やーぱふぱふ!」


 自称魔王のCG美少女は、セルフSEを口にしながら、笑顔で続ける。


「勇者、知ってますか? 貴様らは勇者を持ち上げるけど、あいつね、悪いやつなんですよー。我ね、勇者に負けて、この世界に封印されたの。ひどくない? 負けただけだよ? そりゃー、世界征服とかしよーとしたけどさー、ペナが重いよね、ぺナが」


 オーバーリアクションで肩をすくめ、失笑した彼女は。

 しかし唐突に、人差し指を一本立てる。


「1億人です!」


 豊満な胸を張り、繰り返す。


「勇者から出された示談の条件! それがチャンネル登録者数1億人! これを超えたら我、魔王城おうちに帰れるの! まって、ブラウザバックしないで! まってぇえええええええ! ほんとなの、ねぇ信じて? 我のこの赤い目を見れば嘘ついてないってわかるでしょ? 信じて定命の者たちぃぃぃ!」


 縋りつくような彼女のモーションは、実になめらかでリアル。CGとは思えない。

 まるで魂が実装されているようだった。


「その代わり、我は毎日、貴様らを楽しませる動画を投稿するよー! 軽快なトークだって、やってみせるぜー」


 どや顔で親指を立てる真字野マオ。

 彼女は腕を束ねると、思案顔で語りだす。


「たとえば……えー、えっとですねー! 今日は……新年? 元日じゃないですか。え? 貴様は、ボッチで今年をはじめる? 寂しい? 人肌が恋しい? おっけー、じゃあ我が一肌脱いて、一緒に添い寝してあげ……って、なんでだー!」


 見事なノリツッコミを決めた彼女に対して、


 ▷やかましい!www

 ▷うるせーよw

 ▷若干ゃ草

 ▷俺氏無事、新年に彼女ができる

 ▷マオちゃんマジ魔王


 など、思わずといった様子で、いくつもの好意的なコメントが書き込まれていく。

 リアルタイムの生放送ではないため、そのコメントを彼女は確認できていないが、きっと受けているに違いないといった自信満々の顔で、続けていく。


「そういえば我ですね、最近、細菌のアニサキスにはまってて、かわいくないっすか! アニサキス! ……っていうか! それ細菌じゃないんですけど寄生虫なんですけどって打ち込もうとタイプしてる貴様! うるせぇー! 我的には視聴者が食いつけばいいんだよ! つーかごめん、嘘ついた。可愛くねーですよアニサキス!」


 あけすけな物言いに、さらにコメントが沸いた。


「そういえばね、異世界にもいたんですよ、寄生虫。我、ダイセンチュウってやつをペットにしてたんすけどぉ。は? リバイアサンのおなかの中、すごいデカいやつがいるんだって! これだから定命の者は! こっちだってクジラの腸内にデカいサナダムシいるだろ! じゃあ、次回はその話してやるから、ほら、我のチャンネルのフォローよろしくな! 目指せフォロワー1億人です!」


 その後も、異世界からやってきた魔王を自称する彼女の配信は続いた。


 2019年、日本、正月。

 まさに時代は、バーチャルユーチューバー群雄割拠。

 あまた存在するバーチャルユーチューバーの中で、彼女は無名の新人だった。

 いまのところ視聴者は、彼女をよくいる、それらのひとりとしか見ていない。

 彼女の必死さとは真逆に、流れ作業のように消費される、娯楽のひとつでしかないのだった。


§§


 YouTubeという動画サイト上で、広告収入を得るため動画を投稿する集団。

 ユーチューバー。

 なかでも、非現実のCGキャラクターが、自我をもって動画を投稿している……という設定をもつ動画投稿者を、ひとはバーチャルユーチューバーと呼んだ。

 2次元でもあり3次元でもある存在。

 その定義の難しさから、始祖のひとりがバーチャルを名乗ったのが、言葉の起源だった。

 バーチャルユーチューバーという言葉が、単純にかっこよかったからだという説もある。


 そんなバーチャルユーチューバー、通称〝バーチューバー〟の中で、異世界からやってきた魔王という設定ふれこみの真字野マオだが──


「チクショーメ! 勇者のやつ、我を封印したあげく異世界に追放するなんて……! なんですか、チャンネル登録者数1億人突破しないと帰れない呪いって! やらなくてもわかるですよね、無理に決まってますよね!?」


 ……じつは本当に異世界からやってきた魔王だという事実は、いまだ誰にも、信じられていないのだった。


「ヤダー! 我、魔王城おうちに帰りたいー!」


 配信を終え、PCの前に崩れ落ちる中の人@魔王は──3DCGに、どこまでもそっくりだった。



 これは彼女が、最底辺バーチューバーから頂点まで駆け上がる、下克上の物語である。

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