慣れてない二人のデート
周りは家族連れやカップルであふれかえっている。みんなが手を繋いでいるので道が狭く感じる。
丸い柱に身を預け、腕を組んで周りの店を観察する。
どこもかしこも赤と白の装飾やふわふわした奴や白髭のおじいさんの絵が飾ってある。
偽物の木にボールや星を付けて飾っている店もある。店員さんが赤の三角帽子をかぶっているところもある。
そう、周りはクリスマス。ちなみに日付は12月24日。クリスマスイヴというやつだ。
そんなところに一人でいるのもいい加減に気が引けるのでファストフード店でココアでも買おうかとも思ったが、どうせ店の中もカップルであふれていて気まずくなるだけだと思ったのでやめた。
さすがに用もないのにこんな日にショッピングモールなんて人の集まるところに来たりしない。僕にだって用はある。
今日はデートという用事がある。相手は先日、告白され付き合うことになった
今年のイヴは日曜日だからと張り切っていた。仮にも受験生なのに。多分昨日のうちに今日の分の勉強までやっておくのだろう。
しかし居心地が悪い。昔から人が多いと気持ち悪く感じる体質なのだ。
周りの人を目に入れないために腕時計で時刻を確認する。
待ち合わせは13時ちょうど。現在13時12分。さすがにこの人混みで一人は心細くなってきた。
目をつぶってもう一度腕を組んで柱にもたれかかって
「ごめん!佐伯くん!」
彼女こと相川が走ってこっちに向かってくるのが見える。かなり慌てている。
そして僕の前で急ブレーキをかける。
「遅れてごめんなさい!」
ほぼ90度のをする相川。かなり勢いよく腰を折ったのでコートが頭までずれてしまっている。
ベージュ色のコートに茶色のブーツ。足はニーハイソックスに小さめの黒のスカートを穿いているようだ。
とてもよく似合っている。小動物っぽさが引き立っている。
「いいから気にしてないよ」
「ほんとに?」
「本当だって」
本当に心配そうに目線を向けてくる。よく見ると瞳が少し潤んでいる。
「こんなのじゃ怒らないよ。気は長いほうなんだ」
「そ、そう、よかった……」
「そんなことより服直して」
彼女の着ているコートを直して静電気で跳ねてしまった髪を直してやる。
癖のない柔らかい髪だからかすぐ直ったからよかった。
「あ、ありがとう……」
「いいよこれくらい」
気にしていなかったが相川の顔が赤くなっていた。
なんで赤くなってるんだ……?
「大丈夫か?」
「大丈夫大丈夫っ、ちょっと刺激が強かっただけだから」
「刺激?」
「……嫁入り前の女の子にそんなに気軽に触っちゃダメってことですっ」
「………ごめん」
相川の顔はさらに赤くなって湯気が出そうなくらいだ。
それにしても自分で嫁入り前の女の子と言うとは思わなかった。相川は古風なのかな。
しばらく時間をおいて――具体的には相川の顔から赤みが引くまで――からもう一度声をかける。
「そろそろ行こうか?」
「うん」
先に歩き出して相川が後についていくスタイル。
たしかに性格的に考えるとこうなるかな。
歩きだしながら相川に楽しんでもらえるかを考えて人混みを突き進んでいった。
最初に入ったのはアクセサリーなどを売っている店だった。
女性向けだったので少し気が引けたが今日は相川もいるので別に変ではないと思い直し足を踏み入れた。
相川は髪飾りのコーナーを物色している。
彼女の髪は肩くらいまで伸びている。
バレッタ、だったと思う。そういうので緩く止めるのもいいと思った。
「相川、こんなのはどうだ?」
「え?」
相川に渡したのは白のリボンのついたバレッタ。
彼女の茶色の髪には黒よりも白のほうが似合うと思って渡してみた。
相川はそれを右の耳の上に付けてくれる。
「どうですか?」
「似合ってるよ」
「あぁ……ありがと……」
顔を真っ赤にして照れている相川。
しきりに左耳に髪をかけ直している。照れた時の癖なのだろう。
「これ買おうか、あげるよ」
「いいやっ、そんな悪いよ……」
「いいよ、遠慮するなって」
さっと相川の髪からバレッタを取ってレジに向かう。
「あ、あの……」
「ん?」
振り向いて彼女の言葉を待つ。
相川は数秒間黙り込んだ後、口を開いた。
「ありがとう」
無邪気に首を傾げた笑顔はとても綺麗で美しい輝いて見える。
僕の顔が熱くなっていくのが触らなくてもわかる。
「どういたしまして……」
それだけ言ってレジに向かうのが精一杯だった。
頭の中を笑顔で埋め尽くされてどうにかなってしまいそうだ。
レジで手早く会計を済ませて相川のところに戻る。
彼女はまだ同じところで商品を見ていた。
「はい、あげる」
「あっ、ありがとう」
相川は受け取るとすぐ袋を開けてさっきつけていたところにもう一度つける。
「似合うかな?」
「ああ、似合うよ」
「……やった」
彼女は小さく喜んで花のように笑う。
相川には笑顔が似合う。そう思い知らされた。
店を後にして次のところへ向かう。
何故か相川は僕に似合う髪飾りまで探していて、諦めさせるのに少し時間がかかった。
相川曰く――
「佐伯くんは髪を伸ばしたら女の子にもなれますよ!」
ということで髪を伸ばしたとき用にと思って探していたそうだ。
もう少し男前な顔に生まれたかったと久しぶりに思った。
「次はここ?」
「うん、映画を見ようかなって」
「映画館か……」
「嫌だった?」
「そうじゃなくて、久しぶりに来たなって思って」
「じゃあ、今回は何が見たい?」
僕らの前を人が通る。
ここのショッピングモールには映画館が入っていて休みの日はいつもにぎわっている。
しかも今日はクリスマスイヴだ。人の数は平日の何倍もあるはずだ。
「そうですね……これとかどう?」
そう言って相川が指さしたのは最近話題の恋愛ものだった。
確か月を目指すヒロインとそれを追いかける主人公のボーイミーツガールって聞いたような……。
相川も女の子だしこういうのも見るか。
「わかった。これにしよう」
「はい、でも4時からのしかないね」
「時間は大丈夫か?」
「うん。門限は7時だから」
「じゃあ、買ってくるから待っててくれ」
「はい」
相川を長椅子に座らせて僕はカウンターに向かう。
学生証を求められることもなくチケットを買うことができた。でもそれっていいのだろうか……? ちゃんと仕事してるって言えるのか?
時計を確認すると2時18分。上映開始が4時だからその30分前に戻ればいいかな。
それでもあと1時間も時間があるな……。
「時間まで何か見たいものはある?」
「………文房具を見に行こう」
「文房具?」
「うん、行ってみよ?」
相川は一人でどんどん進んでいく。人混みの中なのですぐに見えなくなりそうになる。
相川、自分の
慌てて彼女の後を追いかける。
人混みをすり抜けて彼女の肩を叩く。
「ひゃっ」
「ごめん。でも置いてかないでよ……」
「こっちこそごめん……」
一気にしゅんと落ち込んでしまう相川。
「置いてかれた僕が悪いから」
「ううん、わたしが悪くて……」
これでは埒が明かない。
僕は相川の手を掴んで引っ張る。
「え?」
「早く行こう?」
「う、うん……」
相川は顔を赤くして着いて来ている。うまく
あのままだと相川は自分のせいだと言い続けて引かなかったと思う。僕もあそこで彼女の非を認めたくはなかった。
なら有耶無耶にするのが最善の策だと思ったのだ。
相川は必要以上に罪悪感を持ち過ぎている。
この少ない付き合いだけでも十分わかる。
彼女はすぐ謝る。
彼女は人の表情をよく見ている。
何かに怯えるように。恐れているように。
文房具屋では相川がボールペンを買ってくれた。
趣味が良かったし、『バレッタのお礼』だと言われたので大人しく買ってもらった。
買った後に『ちゃんと使ってね』とも言われた。
ありがたく使わせてもらうことにしよう。
そして映画館では相川は泣いていた。
物語の展開の感動してぽろぽろ涙を流していた。
またハンカチを渡してやった。彼女は涙脆いみたいだ。
この映画は三部作らしく、もし見に行くのであれば後2回とも泣くことになるのだろうか。
映画が終わって外に出ると周りは真っ暗だった。12月は5時には日が落ちるので当たり前と言えば当たり前だ。
「暗いね」
「ああ、それに寒い」
寒いで思い出した。クリスマスイヴなんだからプレゼントを用意していたんだった。
1日早いかもしれないけれどいいだろう、一応忙しい受験生なのだ。
肩にかけたバッグから綺麗に包装された袋を取り出す。
「相川」
「……なに?」
「これ、クリスマスプレゼント」
「……ありがとう!」
彼女は一気にテンションが急上昇して跳ねるように喜ぶ。
本当に小動物みたいだ。
「開けていい?」
「いいよ」
相川がリボンをほどいて袋を開ける。
取り出して、ものを確認する。
「マフラー?」
「持ってないって言ってたから」
「うん、ありがとう」
彼女は赤地に茶色の線のチェック柄のマフラーを早速巻いている。
この色なら彼女の色素の薄い髪に合うと思ったのだ。
「どう?」
「似合ってるよ」
「やった!」
マフラーの色が似合うというより相川は何を着ても映える容姿をしているのだ。
着物はあまり似合わないと思うが……。
「わたしも……」
すると相川もカバンから袋を取り出して僕に差し出した。
「わたしも渡しそびれてた」
「もらっていいの?」
「わたしからのクリスマスプレゼントだから」
「ありがとう」
袋を受け取って包装をほどいてみる。
中身は黒の手袋だった。
「持ってないって言ってたでしょ?」
「ありがとう、大事に使わせてもらうよ」
「うん!」
ありがたくもらった手袋をはめる。落ち着いた雰囲気で趣味がいい。
ボールペンも手袋も僕の好みをよく見ている。
「さ、帰ろう。ゆっくり過ぎると門限に間に合わないよ」
「そうだね」
「暗いから送るよ」
「いや、そんな……」
「一人は危ないって」
「そうだね……ありがとう」
「どういたしまして」
寒い夜道の中、相川の頬は赤く染まっていたと思う。
彼女の家に着くまで会話は途切れなかった。
その時間が僕にはとても暖かく感じた。
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