第11節「Welcome to the New World(前編)」

 咄嗟に、黒崎は雪の前に飛び出た。

 その瞬間、黒崎の体は右側にふっ飛ばされた。家の塀に叩きつけられる。

「ぐあっ!!」

「先生!」

 見えない。おそらくXは黒崎を払いのけるように押しただけだ。Xの身体強化は極めて強力、過剰とも言える。

 雪は黒崎に駆け寄る。Xは雪の背中をじっと見つめて、やがてゆっくり歩み寄ってきた。黒崎がそれに気づく。

「に、逃げろ」

「でも!」

「私はいいから、逃げろ…!Xからは逃げるしかないんだ…!」

 混乱、混乱、混乱。

 なぜXが現れたのか。今置かれている状況は何なのか。黒崎の怪我の程度は。

 雪の頭の中が目まぐるしく動く。思考が、やがて一つの確信を作り出す。

 雪が振り向くと、Xは既に近い間合いにいた。暗闇でよくわからなかったが、その手には鉄パイプが握られていた。雪は震える手をきつく握り締め、黒崎を守るように立ちはだかった。

「な、何やってるんだ!」

「…先生こそ逃げてください」

「馬鹿な!」

「このXの狙いは…私だけです」

「何!?ま、まさか…」

 黒崎はなんとか立ち上がった。骨は折れていないようだが、左腕は力無くだらんとし、流血していた。

「森…なのか…?」

 今日の昼、雪が散々馬鹿にした小物、森なのか。

 Xが一瞬動きを止めた。だがすぐに鉄パイプを両手で握り、ゆっくりと振りかぶった。雪の頭を狙っている。Xの強化された身体能力で殴られたら、雪の頭はスイカ割りのように弾け飛ぶだろう。

「や、やめろっ!!」

 黒崎が叫んだ瞬間、Xは一気に鉄パイプを振り下ろした。


 雪が何かをつぶやいた。


 黒崎は瞑った目を恐る恐る開けた。

 鉄パイプは、雪の頭に当たる寸前で止まっていた。Xの強化された聴覚にははっきりと届いたその言葉。黒崎にも僅かに聞こえていた。

「…"ごめんね"?」

 黒崎が聞こえた言葉を繰り返した。

「…ごめんね」

 雪は、哀れみのような、同情のような、そんな眼をして言ったのだ。

「…ごめんね、綾野」

 雪のその言葉を聞いて、ガラン、とXの手から鉄パイプが落ちた。

 そして「ギュゲス」の黒い膜が崩壊し始めた。そこから現れ街灯に照らされた顔は、紛れも無く―――


――――宮前綾野だった。

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