第7節「第二宇宙速度(前編)」


Title:招待状

 from:**********@**.**.**

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 To:weiss_schnee@daini-high.com

Sent:Sat 15/7/2045 1:09 AM

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 やあ、明暗雪さん。

 

 君に選択肢を与えよう。

 全ては君の判断に任せる。

 添付したファイルには、あるアカウントのURLが載っている。

 それが"鍵"だ。

 それをどうするか、今後どう動くか、それは君次第だ。 


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 ※



 2045年7月13日

 今日も曇り。憂鬱な天気なのに、ジメジメした蒸し暑さ。私の気持ちも、ひどく霧がかかったように、もやもや。

 彼は相変わらず、彼女のことをずっと見てる。

 私の大好きな彼。そして私の大好きな彼女。

 私はどうしたらいいんだろう。何度も繰り返してきたこの問いに、答えを出せないまま。

 自分の中で、答えはあるように思う。でも霧がかかっている。その答えは、決して見てはいけない気がする。痛いけど幸せな今を、壊してしまいそうで。


 ………。


 2045年6月21日

 今日はとんでもないものを見てしまった。思い出したくもないけど、目に焼き付いてしまって忘れようにも忘れられない。

 どうしてあんなことができるんだろう…。きっと恨みかなにかがあったのかもしれないけど、いくらなんでも…。

 私の大好きな彼女は平気そうだった。でも、きっと心のどこかで落ち込んでいる気がする。あとで話をしてあげないと。


 ………。


 それ以前の記事を、雪は見る気になれなかった。


 坂東涼子の一件以来、雪にはしばらく平穏な日々が続いていた。綾野と浩樹と過ごす、ごく普通の高校生生活。Xによってかき乱されていた日常が取り戻された。

 今日も三人で放課後に近所のカラオケに行き大騒ぎしてきた。帰宅し、夕食を作って食べ、風呂にも入り、明日の支度をし、さあ寝ようと布団に入りまどろみかけたところで、いつもサイレントモードにしてあるはずのリングPCのメール受信音がけたたましく雪の聴覚神経に響いた。

 雪はこの一瞬で、一ヶ月ぶりぐらいに不機嫌になった。

 そして届いていたのが先ほどのメールであった。開けないで消してやろうかとも思ったが、なぜサイレントモードで受信音が鳴ったのか気になったし、送信元が不明という点も気になったので開けてみた。そして内容も興味をそそられるものであったため、ウイルスに気をつけつつ添付ファイルを開け、そこにあったURLのアカウントのダイアリーを見てしまった、という次第である。


 このアカウントが誰のものか、最初の記事を見た瞬間に分かってしまっていた。

 雪は頭の中を整理しようと試みた。

 まず、このメールである。最近メール自体古風で珍しいが…。発信元のアドレスは暗号化されている。「井戸」における「国民総合相互通信ツール」の仕様上、個人に宛てたメールなどは現実で見知った相手でないと送れないにもかかわらず、この送り主は送ってきている。「井戸」をクラッキングできるほどの技術の持ち主、ということなのだろうか。

 そして、私の名前、私の交友関係まで知っている。どう考えても、単なる悪戯の迷惑メールにしては手が込みすぎている。

 私に何らかの行動を起こすか、起こさないかの選択を迫っている。しかし、メールタイトルが「招待状」?一体どういう意味だ。意図としては、この"鍵"を使って何らかの行動を起こすことが、招待を受けるということになる、ということなのだろうか。そして…。

「綾野…」

 このアカウントはほぼ確実に、綾野のものであろう。「井戸」の仕様によって、個人名や個人特定の可能性のある画像などは使用されていない。だが、「彼」を浩樹、「彼女」を自分に置き換えれば、完全に…。

 綾野は、まだ浩樹のことを諦められていなかった。それは雪も薄々分かっていた。しかしこうして、綾野が心の中を吐いたものをまざまざと見せつけられ、ひどい罪悪感が雪の心を満たしつつあった。 

 雪はリングに触れ、神経ディスプレイを閉じた。そして布団に倒れ込んだ。昨日干したばかりの布団が、雪を優しく受け止めた。ふわりと、雪の長い髪が自身の顔にかかってきた。それを払いのけることもせず、目を細めて自室の天井を見ていた。

 記事を遡るまでもない。ずっと以前から綾野は、私と浩樹との三人の関係の中で、もがき苦しんできたのだ。見せないように、悟られないように。

 そうはっきり言葉にして考えてしまうと、雪はますます心苦しくなってきた。小学校以来の親友である雪のことを、当然綾野は大切に想っている。自分の想い人である浩樹の、意中の人であっても。

 雪がいなければ、浩樹は綾野のことを見てくれるかもしれない。しかし、そういうわけにもいかない。浩樹が雪を好きなのは、どうしようもない事実。そして雪と綾野が親友であるということもまた、どうしようもない事実であった。的はずれであると分かっていながら、雪に恨み言の一つでも言ってみる、などということは、綾野には決してできないことだった。

 雪は記事の中にあった「私の大好きな彼女」という言葉から、"しがらみ"のようなのを感じてならなかった。憎んでくれていいのに、今ある関係性が憎しみを押さえつけている。綾野は感情を縛られている。こうして「井戸」の中で、匿名で吐き出すことしかできない…いや、「井戸」でさえも、綾野は感情を押し殺しているのだ。そんな思いをさせているとは全く気づけなかった自分が、不甲斐なくて仕方がなかった。

「やっぱりこのままじゃ良くない」

 そうつぶやくと、雪は目を閉じた。

 「招待状」なんてどうでもいい。とにかく綾野をなんとかしなければ。

「しかし…」

 謎のメールがきっかけで、しかも匿名版の「井戸」で綾野の真意を知ることになるとは。雪は大きなため息をつき、とにかく寝ることにした。

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