第22話 俺の演奏
「演奏ハチャメチャだったね」
参加者全員の演奏が終わり、会場の入り口で落ち合った香織は開口一番にそういった。
その通りだろうな。あれだけたくさんのミスをしたんだ。強弱、リズム、曲調。どれをとっても、今までで最低評価の演奏だったと思う。
「でも、とても楽しかった。わくわくした」
それはとても嬉しいことで心躍るような言葉で、俺はその言葉が聞けただけでとても嬉しい。
「ダメだったね」
「無様だったな」
演奏を終えた二人のピアニストが俺のところへやってきた。
「だけど、あなたの匂いがした」
「お前の覚悟は伝わってきた」
それだけ言うと彼らはその場を立ち去った。
少しでも「俺の」演奏ができたのかなと思う。今の俺の感情を、苦しみもがいた日々を、今日の覚悟を、表現することができたのかなと。
『結果発表です。演奏者の方は、一階ホールにお集まりください』
先ほどまで続いていた喧騒が静まり、静寂が訪れる。
丸められた紙を、スーツ姿の男性が運んでくる。一歩、また一歩、そのときが近づいてくる。
掲示板の前で動きは止まり、紙が広げられていく。
俺の名前は――。
『十位 鳴守和音』
あった。本選出場だ。
「やった! やったじゃない、和音」
「今日は焼き肉よ! レッツゴー!!」
香織と千春さんがハイタッチを求めてくる。恥ずかしさを表に出さないようにしながら、二人の手にハイタッチする。
十位。これまでの順位の中で最低だ。でも、嫌な感じはしなかった。むしろどこかすっきりと澄み渡るような気持ちを感じていた。この気持ちの正体は新たなステージに上がることを決意した第一歩から来るものなのか、それとも、今までは無意識のうちに囚われていたであろう順位や評価という者から解放された故の感情なのか。
少なくとも何かが吹っ切れたのは確かだ。
これが吉と出るのか凶と出るのか。それは覚悟を決めた俺が、これからどの道をどのようなペースで歩んでいくのか、その選択次第だ。
窓から外を見れば、雲一つない空から雨が降っていた。
どうやら選択の前に、干していた洗濯物をなんとかしなければならないみたいだ。
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