第19話 悲しみの色
ショパン バラード第一番 作品二十三。
陰鬱で捉えどころのない旋律を、単純かつ複雑さを感じさせる表現で、聴衆を虜にしている。時折見せる彼女ならではの表現は、この曲の良さを妨げることなく、むしろより良い音楽へと昇華させている。
この曲は彼女のものだ。彼女という演奏家にのみ弾くことを許された曲だ。そう感じさせるほどの演奏だった。
俺は控室の隣にある待合室のテレビで、神代さんの演奏に圧倒されていた。こんなにすごい演奏家が身近にいたことに今まで気が付かなかっただなんて。と同時に、今まで自分が一番を獲れなかったのは当然だと感じた。
「……これじゃあ、二位止まりだ」
「どういう、こと、それは!」
振り返れば、さっきまで舞台で演奏をしていた神代さんが、待合室の入り口の扉にもたれかかるようにして立っていた。
「わたしの、えんそうが、二位どまり、だって」
演奏の疲れが残る中、彼女は一語一語ゆっくりと言葉を口からこぼした。
「ち、ちがうって! それは俺の――」
彼女に胸倉を摑まれる。
「だったら、あんたが、しょう、めい、してみなさいよ!」
彼女の瞳は怒りに染まってはいなかった。むしろ――。
「じぶんの、あなたの、演奏が、すごいってことを!」
――彼女の瞳は、悲しみの色に覆われていた。
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