一章

1話 いつも問いかけるの

 新たな惑星が見つかった。そこはごく一部の者しか知らない。地球とつながり、ある条件を満たしたものがその惑星に『捨てられる』。また、ある条件を呑んだものが『死す』。その惑星を知っている者は、口をそろえてこう言うのだ。

「あそこは何もない」

 皆、悲しそうな眼をしてそういうのだった。


 5月だった。

 眼が覚めると、そこは知らない街だった。

 古びた家々の中に馴染めていない真新しいビルが建っている。

 商店街がある。全ての店がしまっている。

 人なんて誰もいない。

 ここはどこだ。

 ここは自分の居場所ではない。

「か・・・え・・・らないと・・・・・・っ」

 道路の真ん中に寝ていた体を起こそうとすると、胸が痛んだ。

 見ると、服は赤に染まっていた。

「何だ、これ」

「何でしょう?」

 誰もいなかったはずの街の中で、自分以外の声が聞こえた。

 顔を上げると、そこには近づいてくる人影があった。

「誰だ」

「誰でしょう?」

「ここはどこだ」

「さあ、どこでしょう?」

 チッと俺は舌打ちをした。

 人影はどんどん近づいてくる。すると、少し顔が見えてくるようになった。

 少女だった。

 まだ幼さを少し残しながらも大人びた落ち着いた笑みを向けてくる。

 整った顔立ちに息を呑む。

 高校生だろうか。白いシャツに緑と黒と白のスカートに緑のネクタイ。スカートからは、スラっと細い長い足がのびている。髪は腰ぐらいあり、歩くのにあわせて揺れる。

 少女は、俺の目の前に来て止まるとさらに笑って言うのだった。

「さようなら」

 一瞬だった。

 最初は何が何だか分からなかったが、状況を理解すると俺は痛みに悶えた。

 赤く染まっていた俺の服はさらに真っ赤に染まっていく。

「あ・・・・・・う・・・ゎああああああうあああああああ」

 どこから出したのか、少女は剣を持っていた。それは、俺の胸に刺さっている。 少女はゆっくりと剣を抜いた。剣の先は赤くなっている。剣についた血は、俺の足の上におちる。

 ああ、俺死ぬのか。

 そう思い、目を閉じる。

 だが、しばらくしても死ななかった。それどころか、痛みも感じることはなかった。

 おかしいと気づいた俺は、刺されたところに手をおくと傷一つなかった。

「どういうことだ」

「ふふっ、今度は君か」

「は?意味が分からない。説明しろ」

「いいよ」

 少女は手を差し出してきた。

 少し躊躇したが、俺は手をとった。

「手をとってしまったら、君はもう戻れないよ」

「・・・・・・そうかよ」

 笑顔で言う彼女の言葉は少し冗談めいていて、セリフを読んでいるようでもあった。

 

「で、どこだよ。ここ」

「秘密基地?」

「はあ?何だよ、子供じゃあるまいし」

「いいじゃない。子供心を刺激するでしょ?」

 まあ、確かに秘密基地っていうと、誰もが子供の頃に夢に見るとは思うけど。

 少女の手をとった俺は、古びた『神埼』という表札がある家に招かれた。

 少女は『素敵でしょ?』と言わんばかりの笑顔を向けてくる。

「じゃあ、まずは自己紹介から。私は、神埼麦、16歳よ。よろしくね」

「俺は、相川亮、18歳。・・・・・・よろしく」

「そんな警戒しないでよ、改めて・・・んっ」

 神埼麦と名乗る少女は、ケラケラと笑うと手を差し出した。

 俺は、戸惑うこともなくその手を握った。

「じゃあ、説明をはじめるね。まあ、簡潔に言うと君は『不死身』になった。そして君は戦わなくてはなりません」

「・・・・・・不死身って死ななくなったってことか?」

「そうそう」

 こいつ正気か?とも疑った。が、さっき刺されたときのことを考えると説明がついてしまう。

 夢かな、これ。

 そう思い、自分の頬をつねってみた。

 結果からいうと・・・痛かった。

 信じたくもない事実だった。

「で?どうしたら俺は不死身になるんだよ。しかも、戦えって」

「それは答えられないな、今は」

 今は?と聞こうとしたが、止めた。聞くなと少女の眼が言っているように見えたから。

「・・・そうか。じゃあ、戦うってどういうことだ?」

「うんとね、この世界にはウイルスがあってね、君は不死身だから戦ってもらおうかなと思って」

 ウイルスって、何か怖いな。ていうか、この世界って、何だ。

「ああ、言い忘れてたけど、ここは君のもといたところとは違う世界だから」

「は?どういうことだよ。違うって・・・異世界的な?」

「うーん、まあそんなものかな」

 漫画じゃあるまいし、変なこと言わないでほしい。でも、これも本当のことなんだろうな。だって、さっきの街中には人一人いなかった。

「それで、私がいるのは君を殺すため」

 笑顔でそういう彼女は、表情一つ変えることはなかった。

 対して俺は、顔を曇らせた。

「・・・何のために」

「・・・・・・命令?」

 それを聞いて気づいた。

 これは、裏に誰かがいると。

 そして、俺はこの意味の分からない状況に一番聞いてはならなかったことを聞いた。

「なぜ、俺なんだ」

「・・・それは、君がこれから自分で見つけることだ」

 彼女は、急に笑顔をなくした。そのときの彼女の眼は言っていた。

『これ以上踏み込むな』

 鳥肌がたった。

 ああ、この子は何か隠している。とても重いものを。そのうち、それに喰われてしまう気がする。

 ふと、思い出した。

 俺をいきなり刺したときに「さよなら」と言った。確かに笑顔だった。でも、一瞬悲しそうな顔をした気がした。

「・・・私ね、いつも自分に問いかけるの。私はどうなりたいかってね。でね、その問いにはいつも同じ返しをするの」

 笑って彼女は言った。

「強くなりたいって」

 それを聞いたときに確信した。

「君はどうなりたい?」


 






 あの悲しそうな顔は気のせいではない。

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