丗玖ノ弐 八人張リノ弓(二)

きらびやかな衣をまとった女性はとても職人とは思えない。どこかの姫というよりも、遊郭にいそうな女性に思える。

「お主は!」

 高宗は思わず声を上げた。

「あら、お久しぶりです。後藤家のご子息殿」

 女は、優美な微笑みを高宗に向けた。

「知り合いだったのか?」

 彼女が楽しげにクスクスと笑う。

「知り合いというほどではございませんわ。為朝様。私が、この方に道を教えただけですのよ」

「道?」

「そうですわ。私がたまたま森の中を散歩していたところ、このお方が迷われているのを見つけて、案内して差し上げたのですわ」

「案内?」

「はい。あなた様の下へと」

 そういって、女はどこか含んだような笑みを浮かべる

 八郎は、その笑みの真意が理解できず、猜疑心を抱いた。

「こら、ツル殿。おふざけはやめなさい」

 行慈坊が口を挟んだ。

「あら。ふざけてなどおりませぬ。私は真実を述べただけでございます」

 そういいながら、女は余裕の笑みを浮かべる。

 それに、さすがの行慈坊もあきれたように肩をすくめた。

「行慈坊。この女は?」

 今度は、行慈坊に尋ねた

「はい、この方こそが私の知人である職人です」

「この女が?」

 八郎が信じられないと目をぱちくりさせていると、再び女がクスクスと袖で口元を隠しながら笑う。

「なんか、気に入らないわね」

 白縫はむっとする。

「どうした?白縫?」

「怪しいわ。この女、怪しすぎるわね」

 そういって、白縫は、目を細めながら横目で女を見た。

 女は微笑むことをやめずに白縫に視線を向ける。

「そういわないでいただきたいです。私はただの職人にすぎませぬ。阿曾家の白縫姫」

「なぜ、私の名前を?」

「そりゃあ、存じておりますわ。阿曾忠邦どのの娘。詩などよりも武芸のほうがお好きなお方でしょう?」

「なんか、侮辱されている?」

「そのようなことを言ってはございませんわ。あなたのような方でなければ、暴れ者と知られる源氏の八男の妻などつとまりませぬ」

 八郎は目を丸くする。

「なぜ、それを?」

「そう驚かれることではないでしょう?私は、ここにいる行慈坊殿の友人です」

「都の源家と平家の噂はこの行慈坊から耳に入っておりますわ」

 だれもが納得する中で紀平治のみが、不信な顔をしている。すると、行慈坊が耳打ちをしてきた。

「ただのツルですよ。ただの……」

「!!」

 紀平治は一瞬目を見開き、ツルを一瞥すると、行慈坊を見る。

 行慈坊はニコリと笑う。

「あなたたちは……」

「気づいているでしょう?あなたも法師さまなのだから……」

「……」

 紀平治が黙り込むと、行慈坊が皆のほうを見る。

「それよりも本題に入りましょう」

「そうですね。ではこちらへ」

 そして、彼らはツルに導かれるままに歩き出した。



 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る