丗伍ノ弐 妖(二)
もうだめ!
もうすぐ私は死ぬ?
いやよ!
私は何もやっていない!
だれか!だれか助けて!!
心の中で叫んだ
脳裏に浮かんだのは、
父の姿
弟の姿
母の姿
「ぎゃああああ!!」
そのときだった。
バサッ
万寿の耳に、なにが切り裂ける音ともに断末魔の叫びが響き渡った 。
ドーン
地響きが終わると、異様な静寂が訪れる
万寿は、恐る恐る目を開くと誰かの後ろ姿が写し出される。
振り向き様に見せたその姿が一瞬父のように思えて、 「お父様」と口を開こうとした。
そんなはずはない。
もう父はいない。
父だったものは別の若者へと変わる。
「大丈夫ですか?」
若者の声に万寿は、我に返った。
「あなたは……」
「さあ」
若者が手を差しのべる。自然と伸ばされた万寿の腕を優しく掴んだ若者がゆっくりと彼女を引き上げた。
万寿と若者の視線が合う。一瞬の出来事だというのに、2人の時間が止まったような感覚を覚えた。けれど、すぐに現実へと引き戻される。
万寿の脳裏に先ほど遭遇した恐怖がよぎったのだ。
若者の腕を掴んだまま、周囲を見回すと、ぐったりと倒れた妖の姿があった。
大量の血が地面を染めていき、見開きれた目には生気が宿っていない。もう絶命していることはわかる。やがて、それは土に吸い込まれるようにドロドロと溶けて消え去った。血糊も何事もなかったかのように消えたいく。
「あれは……一体」
「妖でしょうね。珍しいことではありません」
若者は彼女の腕を離すともう片方の手に握られていた刀を鞘に納める。
「あなたは……」
万寿は、もう一度若者のほうをみた。
見たことのある横顔だった。
いつだったのだろうか
いつ若者を見たのだろうか。
その答えにたどり着くまでにそう時間はかからなかった。
「あなたは……父の……」
その反応に一瞬、驚きを見せた若者だったが、どこか嬉しそうに微笑んだ。
「おぼえていらっしゃったのですか?」
「はい。三年前訪れてくださったおりにお会いしましたことははっきり覚えております」
その言葉に若者は戸惑っている様子だった。あのときもそうだ。どこか面目なさそうな顔をしてした。父に詫びているのだ。なぜ、若者が詫びなければならないのか万寿にはわからなかった。この若様はなにも悪くない。
「あの……姫……」
「万寿と申します。高宗様」
突然、名前を呼ばれた高宗は、目を見開いた。あのとき、自分のことはあまり語らなかった。それなのに彼女は、自分の素性を知っている。
彼女は、困惑する高宗に屈託のない笑みを浮かべている。心底、自分との再会を喜んでいるのか。それとも、その笑顔で責めているのか。高宗には計りしらなかった。
「それでは、万寿。あなたがなぜこのようなところに?」
「それはわかっておられるのでは、ありませぬか? だから、迎えにきてくださったのでしょう」
「やはり、あなたが此度のことを申し出てくださった姫君だったのですね」
「そうです。私です」
「私が供物となりましょう」
その瞳はゆるぎないものだった。
本当ならば、止めたかった。
止めて、引き返してほしかった。
迎えにきたのではない。そのためにきたのだ。
彼女に危険な目にあわせたくない。
高宗はそう思っていた。
だから……
しかし、彼女の目をみてわかった。
それは無駄なことだ。
どんなに説得しようとも、彼女の決意は変わらないのだろう
彼女の中にあるのは一体なんなのだろうか
予測はつく
彼女の願いはただ1つだろう
「危険ですよ」
「かまいません」
「先ほどの妖よりも怖い思いをせねばなりませぬよ」
「それでも、構いません。私がどうなってもかまいません。弟たちが幸せにくらせるならば、それでも構いません」
「万寿」
高宗は言葉を失った。
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