丗弐ノ参 供物ノ姫(三)
「どうだ?好きな女子のことか?」
こんな、まじめな話のときになんという不謹慎なことだろうと思いながらも白縫たちはため息を漏らしながらも成り行きを見守る。
「どうだ?お主の好きな女子か!?」
あまりに食い入るように見られた高宗は姿勢を崩した。
「ごほん!!」
それを静止させたのは、助明の咳払いだった。
はっとした八郎と高宗は助明のほうへと顔を向ける。
助明は、扇で口元を隠しながら、目を細めていた。
「父上……その……」
「後藤殿!どうなのじゃ!!」
戸惑う高宗に対して、八郎は興奮気味に助明にさえも食いついてきた。
「御曹司。あまり突っ込まないでいただきたいものです。わしからじゃあ、なんともいえませぬ」
「そうか」
八郎がつまらなそうな顔をすると、高宗はほっと胸をなでおろした
しかし、この御曹司はきっと自分を問い詰めるのではないかと思った
この大きな小童は、どうも好奇心旺盛なようであることは、理解できている
どうも、噂に聞く源為朝という男とずいぶんと違うようだ。
慢心爛漫、傍若無人、傲慢
そういった噂を聞いていたのだが、実際の為朝という男は、純粋な少年にすぎない。
高宗にはそう思えていた。
(洞察力もあるのか?)
確かに彼は高宗の心を見抜いた発言をしていた。
好きな娘かどうかはわからない。
なんといっても、まだ一度しかお見受けしたことがないし、文のやり取りというものもしたわけではない。
ただ、一度だけ三年前に会ったきりだ。
「段取りのほうは、大体決まっていると聞いたのですが」
助明は、気を取り直すと話題を変えることにした。
その視線は八郎へと注がれる。
「ああ。大体は決まっている。大蛇がどのようなものか、まだはっきりとつかめているとはいないが、試してみる価値はあると思う」
八郎は皆に今後の策についての説明をした。
「これは賭けに等しいのかもしれませんね」
話を聞き終えると、高宗がいう。
「そうだな。あまりにも大雑把のようにも思えるぞ。八郎君」
「しかし、ほかの方法はない。とにかく、大蛇をおびき寄せなければ意味がない。」
「しかし、もし上手くおびき出しても、大きい割にはすばしっこい上に、頑丈な鱗を持っています。我々の持つ矢で貫けるかどうか
「そうだな。くそ、ここに八人張りの弓がありさえすれば」
「八人張りですと!? だれが、そのような弓を扱うのですか!?」
八郎の言葉に高宗は思わず声を張り上げた。
八人張りの矢など聞いたことがないし、見たこともなかったからだ。
「俺に決まっておる」
八郎は、当然のように言った。
「八郎って、そんなことできるの?」
白縫は、紀平治に耳打ちした。
「さあ? 八人張りといえば、八人でやるものでしょうから……。御曹司と数人で……」
紀平治も首をひねり、今度は悪七別当のほうへと視線を向けた。
悪七別当は、口元に含んだような笑みを浮かべただけであった。
その笑みの意味するところを思案してみるのだが、紀平治も白縫も回答を得なかった。
「為朝殿、お一人で?」
「当然だ」
八郎は、得意な笑みを口元に浮かべた。
「けど、そんな矢、あるのかしら?」
「作ればよいことですよ」
「行慈坊どの?」
皆の視線が行慈坊へと向けられる。
「作るというのは?」
「もちろん、弓ですよ。えっと、八人張りの弓でしたね。もしよろしければ、私に任せてくださいませんか?」
「どういうことだ? 行慈坊……」
助明が尋ねるまえに、行慈坊の隣にいた八郎が興奮気味に口を開いた。
「言葉のとおりです。私の知り合いに、弓の職人がおります。」
「まことか?」
「はい、頼んでさしあげましょうか?」
「それがまことならば、願ったりだ。して、どこにおる?」
八郎が尋ねると、行慈坊はにっこりと微笑みかけた
「それは秘密です。けれど、さほど刻を得ずして、届けられるでしょう」
「らば、頼めるか?」
「はい、もちろんです」
「八郎、勝手に決めちゃっているわよ。紀平治」
「いいじゃないですか?私がなにをいっても聞きませんよ。それに、八人張りの弓というのはよい提案でしょう。しかし、御曹司は、射ることができるのでしょうか?」
「見たことないのよね」
「はい。少なくとも、出会ってから一度もそのような弓を引くのをみたことはありませんよ。」
「俺も見たことはないな。京には、八人張りの弓は、あるのだが、使うことが滅多にないのでな。八郎君が八人張りを扱うところは見たことないのだよ。」
いつのまにか、悪七別当は、白縫たちの隣にきて、そのようなことをつぶやいた。
「どうですか?ならば……」
「心配する必要はないだろう。八郎君の弓の才能は、京でも右に出るものはいないほどだ。それに力もある」
「そうね。」
それには、白縫も頷いた。
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