丗参 姉弟

「姉上」


 万寿が旅支度をしていると、小太郎が話しかけた。振り返ると。小太郎がなにか言いたげにこちらを見ている。

齢11歳。元服には、まだ早い童だが、その眼差しは現役時代の父に似ている。まっすぐで誰よりも強い志をもつ父と重なる。

 この子を立派な武士にする。

 そのためなら、自分の命も厭わない。

 万寿は心に決めていた。

 ただ弟のために、家族のため、

 父の失われた誇りを取り戻すための戦いに向かうのだ。


「どうしても、行かれるのですか?」


  小太郎の眼に涙がにじんでいる。


「そうするしかないのですよ」

「なぜ……。なぜですか!? なぜ、姉上が行かなければならぬのですか⁉」


 小太郎は、万寿の袖を握り締める。


「行かないでください! 僕は、地位もなにもいらない!お家の再建なんてしなくていい……。武士になれなくてもいい! だから……」


 小太郎の訴えに万寿の心が揺れた。それを必死に抑え込むと、弟の体を抱きしめる。


「姉上?」

「小太郎」


 抱きしめられているために姉がどんな顔をしているのかわからない。ただ、温かい。姉は暖かく小太郎を包んでいる。だから、いっそう自覚させられてしまう。このまま、会えなくなるのはないかと……。

 万寿は、そっと身体から離れると弟をまっすぐに見つめた。


「そのようなことを申すのではありませぬ。あなたは、幼きころよりいっておったではないか。必ず、父様のような武士になって、館様を支え従えるものとなると……」

「でもっ!」

「大丈夫です。私は必ず、帰ってきます」

「姉上」

「大丈夫。きっとあの方が守ってくださいます」

「あのかた?」


小太郎は、どこか愛しい人を呼ぶような響きのあった言葉を鸚鵡返しした。


「そう、あの方よ」

「姉上の愛しいお方?」


姉はそれ以上、何も言わずに口元に優しい笑みを浮かべただけだった。

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