丗弐ノ弐 供物ノ姫(二)

 たった一度しかあったことのな娘。


「その女子が、此度の件を引き受けてくれると申すのか?」

「さようでございます。御曹司」

「しかし、よく決意したな?何を望んでいるのだ?」


 別当が尋ねた。


「それは、いえません」

「なぜだ?」


 別当は眉をひそめ、為朝はただ好奇の眼差しを助明に向けている。

 高宗は、妙な胸騒ぎのようなものがあった。

 さっきから、しきりに高瀬の村の娘のことが瞼の裏に何度も現れる。


 しなやかな長い黒髪。


 けた肌は農作業などをしていたせいなのだろうか。


 そこから浮き出てくるのは、彼女が元々は裕福な暮らしをしていたことを印象づけていた。


 裕福な暮らしをしながらも、贅沢をせずに、

 ただ素朴で麗しき娘


「人には事情というものがあるのだ。もし、知りたければ、彼女に直接きくといい」

「なるほどね」


 助明の言葉に、別当は、あっさりと引き下がると壁にもたれかかって腕を組んだまま、目を閉じた。

 その態度は、失礼に値する行為にも見えるのだが、助明は深く気に留めていない。彼らの態度の悪さなどすっかり慣れてしまっている。


「ならば」


 しばしの沈黙ののちに八郎が口を開いた。


「その事情というものを姫に聞いてみようではないか。このような覚悟のいる仕事。女子がやろうというのだから、それなりの覚悟があるのだろうからな」

「八郎……」


 白縫は、横目で八郎の目を見た。そこには、好奇心と不安と恐怖に似た感情が入り乱れているように感じられた。好奇心は、まだ見ない姫君に対することだろうし、不安というのは、果たしてそんな姫君が来てくれるというのだろうかということ。そして、またあの大蛇と対峙して、軍配をあげることができきるのだろうか。もしも、また敗北しようものならば、姫を犠牲にすることになるかもしれないという恐怖。


(あんな性格だけど、やさしいんだよね)


 白縫なりの彼への評価だった。


「姫君はいつ、こちらへ?」


 紀平治が尋ねた。


「明日に到着するとのことです」

「明日?ということは、後藤殿は、返事をしたのですか?」

「いいえ、文に書いてあったのです。返事する必要はないだろうと存じます」


 紀平治は、八郎のほうへと視線を向けと、困惑の色を浮かべていた。


 確かに生贄の件に関しては、了承したものの、実際に名乗り出る女子がいようとは思ってもいなかったのだろう。あんなにまだ来ないのかといいながらも、内心は現れなければよいとさえも思っていたに違いない。

 御曹司はそういう人だ。


 大蛇は恐ろしいものである。

 唐船の山を中心として、人を遅い、野山を荒らす。

 その鋭き血のように赤き瞳と七つの角

 白銀の鱗の輝きは、優美にさえも思えるのだが、その美しさがゆえに恐怖を呼び覚ましていく。

 実際に目撃した八郎も、正直、背筋が凍るような思いをしていた。それを必死に隠そうとしていたのは確かだが、それを口にすることは憚られる。


「父上」


 八郎は、高宗の声ではっと我に返った。


「どうした? 高宗」

「その姫というのは、どのような方なのでしょうか?」

 高宗は真剣な眼差しを父親に向けた

 それを横目でみていた八郎は、怪訝な顔をする。


「高宗殿」


 八郎が口を開くと、二人が振り向く。


「為朝どの?」

「高宗殿は、姫に察しがついでいるのではないのか?」

「なぜ、そう思うのですか?」

「これは、ただの俺の勘だ。高宗殿は、どこか不安に思っておられるように思えてならん、もしや、その姫というのは、高宗の好いた娘なのか?」

 何のためらいもなく聞かれるものだから、高宗は一瞬なにを聞かれたのかわからず、呆気にとられた。


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