丗 父ノ弟子
夜は更けていった。
小太郎も母親も眠っている
その目には涙の後がついていた。
昼間、さんざん泣き叫んだのだろう。その時の小太郎は、まったく起きる気配はない。このまま、二人を置いて、こっそり出ていこうかともおもった。
けれど、できない。
それは裏切りにすぎないからだ。反対を押し切って、家を出たならば、どれほど悲しむか。父を失った悲しみと同じぐらいに痛いだろうことはわかってぃた。
彼女は、眠りながらも行かないでと涙を流している小太郎の頬をそっと拭った。まだ幼い弟。病気がちの母。
二人を残して、二人のために逝く。
それでよいのか。
彼女にはわからない。
けれど、やらなければならないことがある。自分にできることがあるとすれば、きっとそれだけだ。彼女には武芸の志はまったくといっていいほどない。ただ女性としてのたしなみだけだ。
そんな彼女につとまるのかどうかわからないが、きっと家族の未来につながるのだと感じた。
その時、脳裏に一人男の姿が浮かんだ。年は、自分とかわらないほどの男。まだ元服前の童が彼女たちの前に現れたのは、父が死んでしばらくしてからのことだった。
いかにも豪族らしき少年が何の用事なのだと、疑った。
「私は、吉道殿の弟子です。どうか、吉道殿の御前に手を合わさせてもらえませぬか?」
それでも猜疑心の消えない彼女に代わって、母が承諾し、父の眠る墓へと案内した。
彼女は、弟とともに彼らの後ろからついていった。
そのお墓の前で童は、手を合わせた。
「吉道殿、私はまだあなたに教えてもらいたいことがたくさんありました。それなのに……」
童は言葉を詰まらせ、肩を震わせていた。
そんな童の後姿を彼女たちは、何も言わずに見つめていた。
なぜ、彼のことを思い出したのだろうか
一度だけあった父の弟子。
話は父からよく聞かされていた弟子。
彼女は、夜空を眺めた。
山の陰に隠れるようにぽっかりと浮かんだ満月。
「私は、参ります。父様、どうか、見守っていてくださいませ」
彼女は静かに目を閉じた。
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