丗壱 面影
高宗が初めて彼女と出会ったのは、三年前のこと。師匠が亡くなったと聞いて、家来も引き連れず、一人、師匠の暮らしていたという村へ訪れたときのことだった。
墓参りがしたいというと彼女は、不審そうな顔で自分を見ていた。
気品あふれる整った顔立ちの娘の瞳には、突然現れた来訪者への拒絶反応を示している。自分が何者かなど知らないはずだ。服装も家来から借りた服を着こなしていたために、彼が豪族だとは気づかないはずだ。けれど、彼女からのあきらかな敵意を向けられているように思えた。
も しかしたら、師匠の眠る墓へ連れて行ってもらえないかもしれない。
そう考えていると、彼女の母親が姿を現した。母親は、すぐさま自分がなにものかわかったらしい。驚きの表情をむけたのだが、特に敵意を示さなかった。むしろ、懐かしむかのような表情を浮かべていた。
「どうぞ」
そういって、快く案内してくれた。その隣を歩く彼女は、まだ不信感をぬぐい切れないでいる。会話もなく、案内されるままに、師匠の眠る墓へと向かう。彼の墓は、村はずれの山の中でひっそりと佇んでいた。
お参りを終えて、さりげなく彼女のほうを見ると、彼女の瞳はじっと墓のほうへと注がれていた。その瞳は悲しみが映し出されている。いまにも泣きそうになりながらも、ぐっとこらえている。
母親は、そっと彼女の体を自分のほうへと寄せていた。ただ泣くことさえもできずに、じっと愛おしい人の眠る墓を見つめていた。
なんと声をかけるべきなのかわからない。
いや、自分がこの親子を励ます資格などあるはずもない。本来ならば、ここに立ち寄ること自体が烏滸がましいことだったはずだ。
彼女たちの父を死に追いやったのは、ほかならぬ高宗の父親。
真実は、吉道をねたんだ家臣の一人が、あらぬ噂を吹き込んだことによるものであり、父親も吉道が、噂のようなことをしたとは到底思ってはいなかったはずだ。それでも、吉道をねたむものたちの巧妙な罠で、父親も吉道を解任するしかなかった。
彼女たちが父を憎んでいても不思議ではない。
それなのに、彼女たちは、訪れてきた自分をここへ案内してくれた。
自分が何者か知っている母親は、娘を抱きしめたまま、自分に視線を向けてきた。ただ何も言わずに視線だけがなにかを訴えているように思えた。
攻めているのだろう。
来るべきではなかった。
高宗は、親子に一礼をして、立ち去ることを決めた。
高宗は彼女たちに背を向けて歩き出そうとしたときだった。
「ありがとうございます」
彼女の声に高宗が振り返ると、彼女はしっかりと自分を見つめていた。
「父を覚えてくれてありがとうございます。きっと、喜んでいます」
そういって、一礼する彼女の後ろで複雑そうな顔をする母親の姿があった。
高宗は、深々と頭を下げると、今度こそ、立ち去った。
ほんの少しの邂逅だった。
もう会うことはないだろう
けれど、高宗の心には、彼女の面影がいつまでもちらついていた。
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