丗弐 手合ワセ
おふれを出してから数日が過ぎていたが、相変わらず大蛇が八郎たちの前に現れる兆しはない。あざ笑うかのように被害の報告ばかりが耳に入ってくるのみ。おふれによって、名乗り出る姫の姿もなく、ただ苛立ちだけが募っていく。
「ええい、いつまで待てばよいのだ」
「もう、うるさいわねえ。少しはだまったら?」
人一倍、待つことが苦手な八郎は、落ち着きもなく一人喚き、庭を行ったり来たりしていた。その姿を見かねた白縫は、一本の木刀を投げる。木刀は、八郎のすぐそばに落ちた。縁側に座っていた白縫も木刀を握り締めると、庭のほうへと出ながら、矛先を八郎に向けた。
「暇なら、お相手願おうかしら」
「今日は、不意打ちではないのか?」
「そうしようかとも思ったけど、あんたがまだ腑抜けになっていないか確かめるには、正式に則ったほうがいいと思ったのよ」
しばらく白縫を見ていた八郎だったが、転がっていた木刀を右手に握る。
「剣術はあまり得意ではない」
「なら、私の勝ちかしら?」
「女子にはまけん。日ノ本一の武士としての誇りが許さん」
「よくいうわよ。その驕りがとんでもない結果になったりするのよ。さあ、いくわよ。覚悟しなさい」
白縫は、木刀を振りかざし、八郎へと向かい、八郎と白縫の木刀同志がぶつかり合う。
白縫は一度距離を取るとすぐさま、八郎の腹部めがけて打ち込もうとするが、八郎は木刀を地面に突き刺すように下を向けると、白縫の刃の動きを止めて、そのまま振り上げる白縫の刀は上へと弾き飛ばされ、そのまま地面に転がる。白縫は即座にそれを拾いあげると、八郎めがけてツキを入れようとした。それよりも早く八郎の刀の先が白縫の顔面の目前で止まり、一瞬で動きが封じられた。
「勝負ありだ」
得意げにいうと、彼女に突き立てていた刀を下ろす。
「もう。もう少し手加減してもいいんじゃないの?」
白縫はゆっくりと立ち上がる。
「手加減するとお前が起こるだろう」
「まあ、そうよね」
白縫は、面白くなさそうに目を細めると、すぐさま刀を八郎へ振りかざした。八郎は、とくに驚いた様子もなく、振りかざされる刀を素手でつかみ取る。
「なんのつもりだ?」
「いつものことでしょ。私の不意打ち」
「懲りない女め」
二人は口元に笑みを浮かべ、再び刀のぶつかり合いを始める。
「姫様の腕は確かなのですね」
その様子を眺めていた紀平治に、行慈坊が近づいてきた
「あれでも、阿曾三郎忠国殿の娘君ですからね。幼きころよりも武術に励んでいたそうですよ」
「へえ、女子なのに?」
「それは偏見というものでは?」
「そういうものでしょう。この世の中は、常に男が権力を握り、女は男に従うもの。そんな風潮がありますよ。この時代には……」
「確かに……。しかし、実際は男よりも女のほうが強い」
「それは、だれのことをおっしゃっておいでですか?」
別のほうから、女の声が聞こえてきた。
「八代殿」
八代の不機嫌そうな顔に、紀平治は、ばつが悪そうに頭をかいた。
「どうなさいましたか?」
「もうじき、昼餉の時間ですから、御曹司たちを御呼びにきたのですよ」
八代はにっこりと微笑みながらいった。
「御曹司、姫様!」
紀平治は立ち上がると、刀を交えている夫婦に呼びかけると、二人は手を止め同時にこちらを振り向く。
二人は、ほぼ同時に紀平治のほうを見る。
「昼餉の支度ができたそうですよ」
「そうか」
「ちょうどよかったわ」
そういって、二人は刀を下ろした
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