丗壱 朗報

京の都


四方を山々に囲まれた都が建設されたのは、かれこれ数百年前。何度も遷都を繰り返し、ようやくたどり着いたのが、四方を神宿る山に囲まれた土地であったのだという。それゆえ、この数百年の間、大規模な諍いもなく平和な世の中を保っているだという。

しかし、実際に平和と呼べたのかは不明だ。いつの世の中にも、人の欲望は絶え間ない。公家たちの権力争いは昔から繰り返し起こっている事実は存在している。人の醜さは、この世にあふれる見えざる存在さえも呼び寄せ、災いを生む。

魑魅魍魎、妖、怨霊

そういった類が常に存在し、特に権力争いの中心となる都にはあふれかえっているといわれている。ゆえに都に陰陽師あり。

陰陽師は、日ごろから都で悪さしている妖どもの成敗にいそしんでいたが、都から遠く離れた土地まで彼らの手が回るはずがない。いるとするならば、陰陽師という高貴な称号を持たない外法のものたち。


「そういうのもおもしろいかもしれない」


 都で陰陽学生だった友人がそういうこと

を漏らしたことがあった。由緒正しい安部家の出でありながら、都を出たいというのは、どこか自分に似ている。


「君がうらやましいよ。僕も追放されたい」


 追放されることになった八郎からしては、皮肉にも思える言葉。都を出てみたいと思っていたが、実際に出されることになると正直憤る。

 けれど、この地にやってきて理解した。

 父による左遷は、単純に罰を与えるものではない。父なりの考えのあってのこと。

 自分にはここでやるべきことがある。きっと、それをやり遂げたときには……。

 八郎は、都のある方向の空を見た。

 青い空。それは、都へと続いている。

 いつか戻るだろう。

時期を見たら、必ず父の為に戻り、父の為に戦うことになる。

けれど、まだ遠い。

その時期ではない。

八郎の視線は、唐船の山へと注がれた。聳え立つには天導神。

脳裏には、大蛇の姿が蘇ってくる。

 その度に身震いがする。

 恐れているのか。

 ただの武者震いなのか。

 八郎自身もわからない。

 八郎は、立てかけられていた己の弓をとり、強く握り締めたまま、じっとそれを見つめていた。すると、足元になにかが縋り付いてくるのに気づいて、視線を落とす。


「山男……」


 八郎は、弓を立てかけ、腰を下ろす。そして、山男の頭を撫でてやった。


「すまぬ。お前の兄弟を俺のせいで死なせてしまった」


山男は顔を上げて、八郎をじっと見つめる。


「おまえ……」


 山男の瞳は、ただ主を励ましているようで、八郎は思わず抱きしめてやった。

その様子を遠めで紀平治と別当が眺めていた


「ああしてみると、八郎もまだ子供だな」


別当がいった。


「そうだな。だから、守ってやらねばならぬ」


紀平治がどこか優しげな眼差しを八郎に向けた


そのときだった。

紀平治たちのもとに、後藤家の家臣の一人が慌てて駆けつけてきた。


「紀平治殿! 別当殿!!」

「どうした?」


家臣は深呼吸をしたのちに、まっすぐに紀平治たちを見る


「えっと、御曹司は?」

「あそこで山男とじゃれあっておるが?」


紀平治は、八郎のほうを指差した

其のときには、すでに八郎は立ち上がって、こちらを見ていた

どうやら、気配を感じたらしい。


「御曹司!!」


家臣は、八郎のほうへと近づいた。


「どうしたのじゃ?そんなに慌てて」


紀平治が尋ねると、家臣は興奮気味に答える。


「見つかったのですよ!!」

「は?」


八郎は、家臣の下へと近づいて訝しげに、家臣を見た。


「姫君です。供物になってくださる姫君です!!」


八郎たちはお互いに顔を見合わせて、呆然と家臣のほうをみる


「と……とにかく、殿のもとへ」

「ああ。わかった」


八郎たちは、家臣についていった。



同じ朗報は、高宗のもとへももたらされた

そのとき、高宗は家李と話をしていた。

家李はまだ床についており、完全に治るには、まだ時間を要するからだ。


「名乗りを上げるものがいただと?」



高宗は、目を大きく見開いた。

まさか、このような頼みを聞き入れる姫君がいようとは思ってもみなかったのだ。


「いったい、どのような姫君なのだ?」


高宗は、家臣に尋ねた。


「詳しいことはわかりませぬ。とにかく、殿のもとへ」

「わかった。」


高宗は立ち上がり、家李のほうをもう一度振り返る。


「お前は休んでいたほうがいい」

「わかっていますよ。僕が無茶をすると、あの人がつらい思いをします。僕はあの人がつらい顔をするのはみたくありません」

「主思いだな。君は」

「僕は、あの人が大好きですから」


 家李はにっこりと笑う。

 

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