廿ノ参  余談(三)

 人の姿をした『鶴』が屋根の上に止まり、後藤家の屋敷のほうへと視線を向けると、紀平治が縁側に腰かけている姿があった。

 その傍らには、寄り添うように座っている狼の姿もある。


「我もつくづくお人よしだ。あの娘のために尽くすとは……」


 その時、『鶴』の肩にふわりと光の塊が近づいてくる。『鶴』はそっと手を広げると、光はその上に留まる。


「おぬしは、死してもなおも守るのだ」


『鶴』は、光に話しかける。


「あのものの魂に永遠に仕える気があれば、其の願いをかなえてやろう」


 光は、それに答えるかのように点滅し、再び飛び上がる。


「よし、では、主を守れる姿にしてやろう。しかし、おぬしは、もうふつうの獣にはなれぬぞ。我の妖力を貰いうけるのだからな。そう、おぬしは、妖のモノとなる。さすれば、かのモノのそばで守りつづけることとなる。そばで守れる。しかし、かの者にはおぬしの姿は見えぬ。あの器には、その力はない。それでもかまわぬか?」


 光は、上下に揺らす。それを承諾と見た『鶴』は、光を両手で包み込む。

 すると、小さな光は徐々に大きく膨れ上がり、獣の姿へと変わる。

 狼だ。黄金に輝く狼の姿へと変化する。


「アリガトウ……」


 狼が言葉を発したかと思うと、光に包まれて、空へと昇る。


「さあ、行くがよい。後に生まれし、器のために……。かの器を守れ」


 光は、忽然と消えた。

 しばらく天を見ていた『鶴』は紀平治たちのほうを見下ろす。

 彼の傍らにいる狼が、こちらを見ていた。


「おぬしは気づいたか。それもそうだろう。双子なのだからな」


 いつの間にか、狼の傍らには先ほどの光が寄り添う。狼ははっとしたように、そちらへと視線を向けると、なにか安心したかのように顔を下ろした。


「さてと、どうすることやら……。あれは、ここでは死なぬ」


『鶴』には、別のビジョンが映し出されていた。ここではない。この時代ではない。


はるか彼方


進み続ける時の流れ


それがいつの時代なのか鶴にもわからない


その時の流れのなかで、ひとりの

がいた。


まだ十歳すぎたころの小柄な少年が一人走っている姿。半そでシャツに短パン。白いキャップ。

 この時代には決して存在しないはずの衣を身にまとった少年が、ただひたすら駆けていく。


その傍らには、二匹の獣。


 少年の手には弓矢。


 背後には、大きな影が迫っている。


 少年が振り返る。恐怖の眼差し。


 迫ってくるなにかを恐れているのがわかる。


 少年の姿をはっきりととらえたところで、鶴の脳裏からビジョンが消える。


「まったく気まぐれなことよ。そんな先のことなど、見える必要はなかろうに……。まあ、今は今を見るのみぞ。いかに楽しませてくれるかのう」


鶴は楽しそうに微笑んだ。



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